女性警官は、女子トイレの入口に立ち、少し離れた位置で腕を組みつつ所在なさげに佇んでいる男(長谷部と名乗っていた)を見守っていた。
当初何故か女子トイレの前に陣取ろうとしたものを、女子大生に「へっしーが立ってたら他の人が入りにくいっしょ!」と叱られて離れていった。護衛対象の1人を不審者扱いするはめにならず助かった。
人間観察がメインと言ってもいい職にありながら、警官にはこの二人連れがどういう関係かさっぱりわからない。が、男には自分たちと同じようなにおいを感じてもいる。
それは、最初に彼女の手を取った時向けられた視線だったり、閉所空間であるパトカーに彼女を招き入れる前、自らさっと座席を改める仕草だったり、もっと単純に足運びだったり。
今も、視線は外れてもこちらに向ける意識は外れていないだろうと思わせる。
『守る』ことを仕事にしている、そして時に暴力をもって制圧することもある、そういう気配がある一方で、シートベルトに戸惑って女子大生に止めてもらっていた(動きづらいと不平を漏らしていたが、パトカー内で堂々とシートベルト着用義務違反を唱える反応はなかなか新鮮でもあった。護衛対象を逮捕したくはなく、交通安全上の観点からも今後も是非締めていただきたい)
……やっぱり訳がわからない。
印象がちぐはぐで据わりが悪いが、詮索不要・くれぐれも丁重にと命令を受けている以上、従う他ない。
こちらへ向かっているはずの、警視庁の迎えとおちあうまで、彼らを東京方面へ連れて行く、それが任務だ。末端の自分に詳しい内容は伝わっていない。ただ、いまだ社会にも出ていないような学生を、病院で検査する暇も与えず至急事故現場から連れてこいなどという指示は、どう考えても尋常なものではない。できれば若い女性をつけろと加えたらしい命令元の意図は、気遣いと思っていいのだろうか。
叶うことなら東京まで送ってやりたいが、警察組織は基本県単位で独立しており、既存の仕組みで柔軟に対応することは困難だ。警視庁からの迎えに対し、途中他県警を介さず引き渡し一回で済ませようというのは、これでも融通をきかせている方である。
おっ待たせしましたぁ! と、明るい声がかかった。空元気も元気のうち。虚勢を張る、と彼女が決めたなら、黙って見守るのも大人の務めだろう。
ハンカチで手を拭きながら出てきた彼女は、少し顔色がよくなっていた。化粧ポーチは持ち出さなかったようなので、切り替えたらしい。肝がすわっているな、と腹の中で感心する。自分が彼女くらいの年齢のとき、そんな芸当ができただろうか。
女子大生はさっさと表に出ると、足を止めて売店の方を指さした。
「あの、ちょっとだけ買い物……いいですか?」
警官はちらりと腕時計に目を落とす。
「5分くらいでしたら」
「おっけー! ねー、へっしー! ちょっとだけ買い物行ってくんね! へっしーかさばるから車で待ってて〜!」
「ハァ!?」
腕組みを解いてこちらへ歩きかけていた男が目を剥いた。しかつめらしい男が、おそらく守ろうとしているだろう相手にあっけらかんと言われてしまう様は若干気の毒で、警官はひっそりと笑いをこらえた。
***
「てわけでぇ、肉まんだよぉ!」
「何がどういうわけだ」
「なんとお巡りさんのおごり! へっしーもお礼言って!」
「は?」
腕組み仁王立ちながらも、律儀に店外で待ち構えていた男は、眉を寄せてこちらと女子大生の顔を見比べている。笑顔で白い紙袋を掲げて見せる彼女に、警官は苦笑した。
「わたしも小腹がすきましたので。おつきあいください」
「はいこれへっしーの分!」
邪険にするのもためらわれたのか、男はぽんと手渡された肉まんを受け止めた。いかにもうっかりといった風情が、またなんとはなしに笑いを誘う。一瞬迷ったようだったが、やや渋面のままこちらを見た。
「……馳走になる」
「どうぞ、お召し上がりください」
踵を返してさっさと歩き出す男を、女子大生が小走りで追いかける。
「へっしー、車で待ってればよかったのに」
「……そうはいかん」
「えっ、この距離でもダメなん? けっこうシビアだねカリノアルジとの距離って」
「……そういうわけでは、ない、が……」
「ん?」
首を傾げる彼女に、男は咳払いをする。
「さっきの今だろう。ソコーグンがどんな動きをするかわからん以上、警戒は必要だ」
二人の後ろを歩いている警官にも、実弦がニヤ〜〜〜っとした笑いを浮かべたのがわかった。
おっ、彼の意図が伝わったか? と警官は微笑ましくやりとりを注視する。
「へっしー……ありがとぉ〜〜〜!」
「違っ、……いいか、俺がここにいるのはアルジノメイだ、怠慢は許されん、それだけだ!」
「あっははは、へっしーってばマっジメぇー!」
「長谷部だ!」
「まじべ?」
「おしきるぞ!?」
きゃいきゃいと漫才のように掛け合う彼らに、女性警官は小さく笑む。
ところどころ意味のわからない単語があっても、伝わってくるものはある。彼ら自身がどんな関係であれ、良いコンビであることは疑いない。
どんな背景があって東京に何をしに行くかわからないものの、どうか上手くいってほしい、と警官は願った。
二人があのあとどうやって東京までたどり着いたのか、素晴らしいお話にしてくださってありがとうございます!
実弦さん格好良いし、警察官さんも優しい
実弦さんってすごく細やかで思慮深い人ですよね
実弦ちゃん高速で事故と遡行軍のダブルパンチのあの状態で恐怖を感じないわけないですよね。
見掛けはあの当時のギャルだけど芯がしっかりしているところがカッコいいです。
女性警察官さんも気遣いと職務を両立していてとても素敵です。
お読み頂いてありがとうございます!!
最後の最後まで黒田の名を明かさない実弦さんなので、自分の感情と向き合う姿はきっと長谷部に見せないだろーなーと思ったらこうなりました!
モブ警官もお褒め頂きありがとうございましたヽ(=´▽`=)ノ
彼女の念いはどこから抜けるだろうなーと思いながら書いておりました
実弦さんの本心と決意、とても格好良いです。
素敵なお話をありがとございます…!
こちらこそ読んで頂いてありがとうございます!
コミュつよ陽キャパリピギャルの実弦さん、黒田の名をギリギリまで明かさない思慮深さからすると、あの写真にも意味があったはず!!という思いで書きました。
格好良く見えて嬉しいです(人*´∀`)。*゚+