歴史の大きな分岐点から十五年の月日が経った、2027年。
美咲は今、岡山の備前長船刀剣博物館に来ている。隣で春花が伸びをした。
「んー、良い天気だぁ!」
「うん。晴れて良かったよ。」
笑顔で頷く美咲。だが、若干の後ろめたさを感じてスマホを確認する。
通知が表示され、画面を開くと「無事に着いて良かった。ゆっくり見てこい。」という夫からのメッセージが届いていた。
「あっ、旦那さん、何だって?」
「ゆっくり見てこいって。子供達の面倒見させちゃって、申し訳ないんだけどね……」
「それを言ったらうちもだよ。」
二人で苦笑する。美咲も春花も、それぞれ二児の母となっていた。今回は家族ではなく親友同士で旅行に来ている。たまの息抜きも必要だろうと、夫が子守りを引き受けてくれたのだ。
「でも、昔に戻ったみたいでいいね。」
「そうだね。たまにはこうやって女水入らずで遠出するのもいいもんだよ。」
チケットを購入し、二人は博物館の中へと歩を進める。
完全予約制の展示室の前まで来て、春花は一歩下がった。
「美咲、先に行ってきな。」
「えっ?春ちゃんは?」
「だって、美咲の長年の夢でしょ?」
そう。美咲の夢は、ここにいる太刀に会うことだった。
今から七年前、刀剣の引き渡しに関するクラウドファンディングが行われ、美咲はそれに微力ながらも協力した。故郷新潟の英雄、上杉謙信の愛刀。その買い取りと保全のためのクラウドファンディングは目標額を優に越え、余剰分はこの博物館の運営費に当てられていた。
子育てや仕事で予定の調和がなかなかできず、やっとのことでここに来れたのだ。美咲は内心そわそわしていた。
「一刻も早く夢を叶えたいっていう美咲の気持ちは、よーくわかってるんだから。」
「春ちゃんは何でもお見通しだなぁ……」
舌を巻く美咲を、春花が後押しする。
「さあ、待ちに待った御対面だよ。じっくり見ておいで。」
美咲は頷き、展示室前の係員に声を掛けた。
「すみません、観覧を予約していた者で……」
一年のうち限られた日数の、さらに限られた時間。
一人がその刀剣を鑑賞できるのは、一回につきほんの二分だ。
美咲はケースの前に歩み寄り、中の太刀を見た。燃えるような丁子乱れの刃紋。はばき近くの誉傷。そのどれもが美しく、懐かしさを感じる。
「……美咲。」
ふと、名前を呼ばれた気がして、美咲は顔を上げた。周り人影はない。だが、確かに”誰か”がそこにいると、美咲は確信した。
「来てくれたのか。」
問いに美咲は頷く。温かみのある、優しい声音。鳥の羽根のように滑らかで、落ち着いた男性の声だ。
「……私の名前を、呼んでくれ。」
声に請われ、美咲はその名を口にする。
「--山鳥毛。」
炎のような光が、太刀の中で煌めいた。
とても面白かったです。
映画の登場人物が出てくるの最高でした!
一つ、とても気になっているところがあります。最後のメールの相手、もしかして…ですよね!?
ありがとうございます!
どうにかして映画の登場人物(特に琴音ちゃん)と会話させたい一心で盛り込みました。
美咲のメール相手(旦那さん)、ご想像の通りでございます(*´ω`*)
実は、仮の主二人が記憶を消された後の話も頭の片隅で展開されていたりします。
刀剣男士がほぼ絡まなくなるのと、長くなってしまうので今回割愛してしまいましたが、つまりはそういうことになります。
お返事ありがとうございます、作者様。
ああ、やはり…!それを聞いてさらにハッピーハッピーハーッピー(最近の猫ミームのアレ)になりました😂!
ふせったーも読ませて頂きました。そういう裏話大好きなのでとても興味深く拝読しました。本当に細かく設定を作り込まれていると感心致しました。
素敵な小説をありがとうございます。