琵琶の縁 - 14/18

「ここまで来れば、大丈夫だろう。」
 則宗に言われて山鳥毛は美咲をそっと下ろした。
「窮屈な思いをさせて済まなかった。」
「そ、そうじゃなくて……あの、私、体重重いから……」
 顔を真っ赤にして俯く美咲に、山鳥毛が笑い声を上げる。
「身軽な小鳥がそんなことを言うのか。」
「いやっ、私、本当に重くて……」
「僕から見ても痩せているように見えるんだがな。思い込みは良くないぞ。」
 則宗にも言われて美咲はあたふたする。その横で誠は自動拳銃の点検と、弾の装填をしていた。
「何であのタイミングでジャムるんだよ……」
「……お前さんそれ、昨日山鳥毛を撃った銃か?」
 横から覗き込んだ則宗が声を掛けると、誠はぶっきらぼうに言い放った。
「ああ。あん時に叩き落とされて転がったから、スライドに砂利が入ったんだろうな。」
「砂利一つで使えなくなる武器ってのも、不便なもんだなぁ。」
 則宗の言葉に誠がフンと鼻を鳴らす。
「刀に比べりゃ長距離攻撃できるし持ち運びもしやすい。この時代じゃ銃の方がよっぽど優れてるし重宝されてる。」
「それくらい僕もわかっているさ。」
 肩を竦める則宗の声が、トラックの車輪の音に掻き消された。
 逃げ込んだ先は物流倉庫だ。美咲達は敷地内の端にある、従業員用の駐輪場にいた。忙しなく働く従業員達は誰一人として侵入に気が付いていない。
「……で、これからどうすんだ?」
「一度内閣府へ報告に戻りたいんだが、その前に状況を整理しておかないとな。」
 則宗は美咲の方を見る。
「お嬢さん、あの黒いパーカの男には昨日会っているな。」
「はい。あの人が、廃ビルで見た人です。山姥切国広さんから”伊吹”と呼ばれていました。」
「その”伊吹”という人物が、どうやら山姥切国広の”仮の主”らしいな。どういう経緯でそうなったのかはわからんが。」
「じゃあ、山姥切さんは……」
「敵側についていることになる。」
 苦々しく呟く山鳥毛。則宗は「ふーむ……」と考える仕草をしてから、言った。
「本科の坊主に相談する前に、件の本丸の三日月宗近と話をつけた方が良さそうだ。」
 その時、誠のスマートフォンが着信を知らせて振動した。
 画面を確認して電話に出る誠。
「俺だ。あ?……」
 誰かから話を聞いていた誠の顔に、動揺の色が広がっていく。
「冗談だろ……じゃあ、あいつが言っていたのは……」
 電話の相手から一通り報告を聞いた誠は、がしがしと頭を掻いた後に言った。
「調べてくれて助かった。また何かわかったら連絡くれ。」
 盛大な溜息と共に電話を切る誠。則宗がコートを脱ぎながら誠に尋ねた。
「おっ、その様子だと何か新情報でも仕入れたのか?」
「…………」
 ただならぬ誠の様子に、それまで脳天気だった則宗の表情が変わる。
「……どうした?」
「……気色の悪い情報だ。」
 誠が、順を追って話し始めた。
「都内の防犯カメラの映像から不審人物を洗い出した結果、星がわかった。名前は『大枝伊吹』。歳は十七。」
「さっき病院で会った奴だなぁ。それで?家族構成とか、他の情報は?」
「あ、弟がいるって……」
 口を挟む美咲に、誠が告げる。
「死んでる。」
「……えっ?」
「三年前、轢き逃げに遭って死んでる。」
「……ほ、他にご兄弟は……」
「いない。弟とあいつの、二人だけだ。」
 誠の回答に、美咲の顔からみるみる血の気が引いていった。
「じ、じゃあ、あの子が言っていた”弟”って、一体……」
 その時、美咲は自分の体だけでなく、楽器がケースの中でぶるぶると震えているのに気が付いた。
「えっ……?」
 美咲が楽器に気を取られた瞬間。
 都内に爆発音が響き渡った。
「!?」
 咄嗟に美咲は楽器を抱き抱え、さらに美咲に山鳥毛が覆い被さる。則宗と誠も防御姿勢を取って身構えた。
 四人を、光の波紋が通過していく。だが、体に異変は起きなかった。
「……な、何、今の……」
 呆然とする美咲の耳に入ってきたのは、甲高い笑い声。
「キャハハ……」
「キャハハハ……」
「キャハハ、キャハハハ……」
「キャハハハハハ!」
 あちこちから、耳障りな高笑いが響いてくる。美咲は耳を塞いで蹲った。
「やめて、やめて……!!」
「美咲!?」
 突然取り乱した美咲に、山鳥毛が声を掛ける。
「どうしたんだ?」
「いや、嫌……やめて……」
 耳を塞いでも聞こえてくる金切り声に、美咲は激しく首を振る。そんな彼女を、山鳥毛が抱き締めた。
「大丈夫、大丈夫だ。何も怖くない。」
 華奢な肩を擦り、耳元で優しく囁く山鳥毛。すると、美咲の不安がすうっと引いていった。
 徐々に落ち着きを取り戻していく美咲に、山鳥毛が尋ねる。
「何か聞こえたのか?」
「こ、子供みたいな……でも全然違う、高い声が聞こえてきて……」
 それを聞いた則宗が、隣の誠に視線を送る。
「何か聞こえたか?」
「……俺が聞いたのは……」
 困惑しながら誠が絞り出す。
「聞いたこともないような、叫び声だった。」
「……お嬢さんが聞いたのとは違うな。」
「だが、同じ時に二人が”何か”を聞いたのは確かだ。一体何が……」
 その時、美咲の脳裏に廃病院の光景が過ぎった。
 現地に着くまで、美咲は太い光の糸を辿っていたはずだった。それがいつの間にか細り、伊吹に繋がっていたのはたった一本分。
「……山鳥毛さん。」
「ん?」
 優しく返事をする山鳥毛の袖を、美咲がぎゅっと握る。
「さっき病院で見た時、伊吹さんはボールを一個しか持ってなかったんです。でも、私が道すがら見た光の糸は、何本ありました。」
「……それじゃあ……」
 山鳥毛の表情が強張る。美咲は震える声で告げた。
「あの時は伊吹さんがどこかに隠していただけで、実際は光の糸の元が、もっと沢山あったはずなんです。」
「……なあ、思ったんだけど。」
 誠が疑問をぶつけた。
「その、お前の言っている”光の糸”って何なんだ?」
「私にもよくわからないんです……」
「……恐らくだが。」
 口を開いた則宗に、視線が集まる。
「お嬢さんが見た光の糸の正体は、”念い”の通った跡だ。」
「”念い”?」
「ああ。そして”念い”というのは昔から、様々な形として描かれた。ある時は妖。ある時は……」
 一呼吸置いてから、則宗が声を発した。
「”鬼”の姿として。」
「……じゃあ、あのガキが持ってた小鬼のボールは……」
 合点のいった誠の台詞を、則宗が引き継ぐ。
「人々から奪った”念い”だろう。敵の狙いは、”念い”を集めて強大な力にさせること。あるいは……」
「……私達のような付喪神の存在を、消すこと。」
 さらに続けられた山鳥毛の言葉に、美咲が動揺する。
「どういうことですか?”念い”を奪うと付喪神の存在が消えるっって……」
「私達は長年に渡って人々の手を渡り歩いてきた。それは同時に、多くの人々の”念い”を受け取り、記憶してくことでもあったんだ。」
 山鳥毛の説明で、美咲は恐ろしい事実に気付く。
「それじゃあ”念い”が多く奪われたら、物に人の”念い”も渡らなくなって……」
 その時、倉庫の外から大きいなクラッシュ音がした。
「今度は何だ!?」
 誠が真っ先に駆け出し、則宗、山鳥毛、美咲も後を追う。
 見ると、倉庫の塀にトラックが衝突していた。誠が駆けつけて運転席を確認する。
「おい、しっかりしろ!!」
 隙間のできたドアをこじ開け、運転手を救出する。幸いなことに車体の損傷はさほどではなく、運転手の男性もエアーバッグのおかげで怪我はなかった。
 だが、担ぎ出された運転手はぴくりとも動かない。安全な場所まで運ばれた男性に、美咲も駆け寄った。
「大丈夫ですか!?どこか打ったり……」
「外傷もねぇし脈も呼吸も正常だ……それなのに、見ろ。」
 男性の顔を見て美咲は言葉を失った。春花と同じだ。目は虚ろに開いていて口もぽかんと開いている。あれだけの事故にあっているのに、まるで反応がなかった。
「”念い”を奪われたんだ。」
 則宗の呟きに誠が舌打ちをする。
「さっきの変な衝撃波か……」
「……どうやらあれが、最悪の事態を招いたようだな。」
 一行は則宗の視線の先を追った。町のあちこちで煙が上がり、事故の音も聞こえてくる。
「まさか、みんな一斉に意識を失って……」
「居眠り運転やら何やら起きてるってことかよ……!」
 誠が事態の収束を計ろうと駆け出した、その時だった。
 倉庫の近くに、大きな雷が落ちた。赤い稲妻が意味することはただ一つだ。
「敵襲だ!」
 山鳥毛が美咲の腕を引く。
「美咲、逃げるぞ!」
「でっでも、あの運転手さんが……!」
「奴さん、”念い”のない相手には手出しせんぞ。この状況で動いている者は……」
 則宗が言っている側から、門を通って時間遡行軍がこちらに向かってきた。
「審神者の素質を持つ特別な人間と、僕達刀剣男士だけだ。」
「消す対象だけ炙り出されたってわけか!クソだな!」
 誠も悪態をつきながら元来た道を戻る。美咲も、後ろ髪を引かれる思いで山鳥毛に従った。
「本当に、本当に大丈夫でしょうか……」
「肉食の昆虫と一緒で、動いていない者は攻撃対象として見ていない。」
「じゃあ俺達が死んだふりすりゃいいだけの話じゃねぇか!」
 自棄を起こす誠に、則宗が冷静に言う。
「今こうして逃げているのを見ているから、仮に倒れたら心臓を一突きされておしまいだろうな。それにあの連中、さっきの廃病院から追ってきた奴等だ。僕達の顔はしっかり覚えてるだろうさ。」
「……クソが!!」
 誠は先頭に走り出ると振り向いて怒鳴った。
「非常事態だ、今から緊急待避用地下通路に向かう!はぐれたり道順覚えたりしたらぶっ殺すからな!!」
「この状況で道順なんか覚えられません!!」
 美咲が怒って言い返すと、誠は走るスピードを上げた。それを見た山鳥毛が、驚くような手際の良さで美咲を抱き抱える。
「えっ……えええ!?」
「無礼を許してくれ。この状況ではこうするしかないんだ。」
 先程と同じようにすさまじい速さで走っていく山鳥毛。美咲はまたしても身を固くして楽器ケースを握り締めることしかできなかった。
 誠の案内で一行は近くの地下鉄に向かう。ホームへ向かう階段脇の、妙な位置にあるドアの番号ロックを誠は素早く解除し、扉を開けた。
「入れ!」
 言われたとおりに美咲を抱えた山鳥毛が飛び込み、次いで則宗が軽やかに駆け込む。
 誠は重厚なドアを閉め、オートロックの音がしたのを確認すると再度先頭へと躍り出た。
「今から渋谷へ向かう!一歩間違ったら一生出れねぇ、しっかり着いてこい!」
 心許ない非常灯の明かりに照らされた狭い道を、一行は走っていく。後ろに敵の気配はないが、美咲は嫌な胸騒ぎが治まらなかった。

3件のコメント

とある隠居

とても面白かったです。
映画の登場人物が出てくるの最高でした!
一つ、とても気になっているところがあります。最後のメールの相手、もしかして…ですよね!?

返信
銀扇

ありがとうございます!
どうにかして映画の登場人物(特に琴音ちゃん)と会話させたい一心で盛り込みました。

美咲のメール相手(旦那さん)、ご想像の通りでございます(*´ω`*)
実は、仮の主二人が記憶を消された後の話も頭の片隅で展開されていたりします。
刀剣男士がほぼ絡まなくなるのと、長くなってしまうので今回割愛してしまいましたが、つまりはそういうことになります。

返信
とある隠居

お返事ありがとうございます、作者様。
ああ、やはり…!それを聞いてさらにハッピーハッピーハーッピー(最近の猫ミームのアレ)になりました😂!
ふせったーも読ませて頂きました。そういう裏話大好きなのでとても興味深く拝読しました。本当に細かく設定を作り込まれていると感心致しました。
素敵な小説をありがとうございます。

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