琵琶の縁 - 12/18

「そういえばあの子、山鳥毛さんが姿を隠しているのに、見えていたみたいですね。」
 皆と一緒に病院を後にしながら、美咲が思い返す。
「ああ。どうやら、君と同じように審神者の素質があるらしい。」
「他の男士の気配はなかったから、仮の主ではなさそうだがなぁ。それに……」
 則宗は目が合った少女に手を振る。五歳くらいの女の子も、笑顔で則宗に手を振り返した。
「子供は僕達を認識しやすい。隠れたつもりでも、子供の目は誤魔化せないんだろう。」
「そうなんですか……」
 美咲は「子は七つまで神のもの」という言葉を思い出していた。もしかすると、幼い子供は”人ならざるもの”との繋がりが大人より強いのかもしれない。
 誠はそんな美咲をしげしげと見た。
「お前……詐欺師にとっちゃ良いカモだよな……」
「は?」
 誠の発言に美咲が不愉快極まりないといった声を上げる。則宗が頭を振った。
「まこっちゃん、僕達が必死になって姿を隠しているのを嘘だと言い張っているんだ。」
「……え?どう見たって他の人から見えてないですよね?」
「どういう原理で動き回る人間を隠してるって言うんだよ。」
「人間じゃないじゃないですか。」
「お前それ本気で言ってんのか?」
 美咲が言い返そうとした時、何か光るものが視界に入ってきた。振り払っても手を避けて漂うそれには見覚えがある。
「……美咲?」
 異変に気が付いた山鳥毛が足を止める。誠と則宗もつられて立ち止まった。
「どうかしたのか?」
「……あの、光の糸みたいなのが見えて……」
 言いながら辺りを見回して美咲は気が付いた。宙を漂う光る糸は一本ではない。何本もの糸が、病院から出て美咲達の向かう方へ伸びている。
「え……」
「美咲?」
 もう一度呼び掛けられて美咲は山鳥毛を見た。戸惑いながら説明する。
「光の糸が、病院から沢山出ているんです。さっき男の子が教えてくれた方角に向かって。」
「昨日、君が見たものか?」
 頷く美咲に、則宗が扇子を顎に当てる。
「となると、敵の親玉がこの先にいると見て間違いないな。」
「……ちょっと待て。」
 何かに気が付いた誠が、眉間に皺を寄せた。
「さっきお前、『白いお化けと黒いお化けを見た』って言われたんだよな?」
「はい。多分、白いお化けが山姥切国広さんなんじゃないのかって思って……」
「黒いのは?」
「え?」
「お前、昨日黒いパーカ被った男を廃墟で見たって言ってたよな?」
 言われてふと、美咲の脳裏に昨日の光景が蘇った。黒い、パーカの男。
 はっとする美咲。誠の一言が核心を突く。
「その山姥切って奴、廃墟にいた奴と一緒にいるんじゃないのか?」
「黒いのが時間遡行軍の可能性は?」
「ない。そうだったら、怖がってあんな風に喋ったりしない。」
 則宗の仮説を否定する誠。そんな折、美咲の中に一つの疑問が生まれた。
「山姥切さん、どうしてその人と一緒にいるんでしょう……」
「わからないが……」
 山鳥毛が美咲の視線の先を辿る。糸が集約している方向だ。
「行ってみれば、答えが得られるかもしれない。先を急ごう。」
 美咲は左肩のストラップを強く握り締め、頷いた。

 辿り着いた先は廃病院だった。昨日よりも大きな廃墟である上に、先程と間逆で静まり返った場所。
「『どうぞ入ってください』とでも言わんばかりだなぁ。」
 壊された南京錠を拾い上げて則宗が言う。門に掛かっていたであろうチェーンも転がっていて、誰かが故意に開けたことは明らかだった。
 光の糸はこの廃病院の中へ通じている。きっと黒いパーカの男が、小鬼を持って移動したのだろう。
「あからさますぎじゃねぇか……」
 開けられた門をしげしげと見る誠。それから、美咲に向かって何かを差し出した。
「ん。」
「……え?」
 二本の細長い黒い缶だ。美咲が顔を上げると、誠が皮肉を言う。
「平和ボケしたお嬢さんはどうせ護身道具なんざ持ってねぇんだろ。」
「なっ……!」
 美咲がカッとなったところで、則宗が口を挟んだ。
「お前さんは素直じゃないなぁ。自分の目に届かない所でお嬢さんが危険に晒されないか心配で、昨日必死になって手配したんだろう?」
「こいつに何かあったら上がうるせぇから、用意してやっただけだ。」
 則宗はやれやれと首を振り、説明する。
「お嬢さん、それは催涙スプレーだ。5メートルの範囲なら相手に届く。万が一に備えて持っていなさい。」
 すると、山鳥毛が美咲の肩を抱いて誠から引き離した。
「結構。私がついている限り、この子に手出しはさせない。」
 そんな山鳥毛を誠は鼻で笑う。
「よく言うぜ。昨日こいつを危険に晒したのはテメェだろうが。」
「…………」
 肩を抱く手に力が入ったのを美咲は感じ取った。顔を上げてみても、美しい横顔に表情の変化は見られない。
「……山鳥毛さん。」
 呼ばれて山鳥毛がこちらを見る。美咲は目を逸らさずに告げた。
「貴方のことは信用しています。それでも、自分の身は自分で守るべきだと思っているんです。貴方の手を極力煩わせたくありません。」
 それから誠の手元に視線を移す。
「私は弱いから、こういった”物”に頼らなきゃ、自分の身も守れないけれど……そのために作られた道具なら、使わせていただきます。」
 美咲が手を伸ばすと、誠は押しつけるように催涙スプレー二本を渡してきた。
「あの黒いの以外には絶対誤射すんなよ。あと、あくまで怯ませて逃げる時間稼ぎになるだけだからな。有事になったらお前はとにかく逃げることに専念しろ。」
「わかってます。」
 大きく頷く美咲に「どうだかな……」と首を振りながら誠は廃墟の中へと足を進めた。
 続いて則宗が言う。
「まこっちゃんの言うとおりにするんだぞ。お嬢さんは何かあったら真っ先に逃げるように。お嬢さんが敵の手に堕ちたら、僕達の負けだ。」
 数歩進み、振り向いた則宗は笑っていなかった。
「万が一のことがあっても、僕達のことは捨て置け。」
 今度は咄嗟に答えることができない美咲。そんな様子に則宗はふっと元の笑顔に戻った。
「まぁ、それも”愛”だろうな。」
 そのまま歩いていく則宗の後ろ姿を、美咲は呆然と見つめる。山鳥毛が長く息をついた。
「本来、君にはここで待っていてもらうべきなんだが……」
「でも、私が近くにいないと山鳥毛さんも動けないんですよね?」
「情けないが、そのようだ。」
「それなら、一緒に行きます。」
 肩を抱く手に自分の手を添えて美咲は言う。
「大丈夫です。さっきも言いましたけど、自分の身は自分で守りますし、山鳥毛さん達がいれば安心できます。」
「……そうか。」
 山鳥毛は微笑み、改めて前を向いた。
「では、行こう。」
「はい。」
 右手のスプレー缶と左手の楽器ケースを握り締め、美咲は頷いた。

 廃病院の中に進むにつれ、光の糸は濃くなっていく。先頭の誠が警戒しながら、美咲に指示を仰いでいた。
「次、どっちだ?」
「手前の階段を上っています。」
 言われて誠が様子を見に行く。いつの間にか、その手には拳銃が握られていた。
「……あの。」
「うん?」
 小声で尋ねられて則宗が耳を傾ける。
「もしかして昨日、廃墟で私達を時間遡行軍から守ってくれたのは……」
「まこっちゃんだ。時間遡行軍を見付けるなり、片っ端から撃っていったからな。」
 則宗が暢気に言う。
「最初はお嬢さんと山鳥毛に気付かずに発砲していたんだが、敵数が減ったら姿が見えたんでな。まこっちゃんだけ非常階段から回り込んで上っていったんだ。僕の制止も聞かずに。」
「おい、無駄口叩いてんじゃねぇぞ。」
 前方を警戒したまま、誠が前進のハンドサインを送る。則宗はやれやれと首を振りながら、階段を上っていった。その後に美咲が続き、殿に山鳥毛がついている。
「……二階で廊下に向かってるのか?」
「いいえ、上に続いてます。」
「わかった。」
「……あ、あの。」
「ああ?」
 少し声を張り上げた美咲に、誠が不機嫌そうな返事をする。一瞬むっとしたが、それでも美咲は伝えた。
「昨日はありがとうございました。國井さんが助けてくれなかったら、もっと大変なことになっていたと思います。」
「…………」
 黙々と前進していく誠の背中を、則宗が鞘でバシッと叩く。
「いってぇな!!」
 さすがに怒って振り向く誠。則宗は呆れ半分に窘めた。
「礼を言われているのにその態度は何だ?返事くらいしろ。」
「…………」
 しばらくの沈黙の後、誠が小声で言う。
「……礼を言われるようなことじゃねぇ。仕事だ。」
「そうですか。ああでも、山鳥毛さんを撃ったことは絶対に許しませんので。」
 美咲がきっぱり告げると、誠の声が元のボリュームに戻る。
「あぁ?」
「それとこれとは話が別です。山鳥毛さんに謝ってください。」
「誰がヤクザなんかに頭下げるかよ。」
「だから、ヤクザなんかじゃないって何度言ったら……」
 その時、美咲の左腕の中で楽器がガタガタと揺れた。
「っ!?」
 驚いて階段を踏み外しそうになると、山鳥毛が咄嗟にその身を支えた。
「おっと……大丈夫か?」
「は、はい……」
 その間にも楽器はケースの中で暴れ続ける。それに気が付いた山鳥毛が眉根を寄せた。
「……君の楽器が、何かを察知しているようだな。」
 その言葉に全員が息を潜め、前方を窺った。
「無駄話は今後一切なしだ。」
 そう言って誠は振り向き、前方を指さす。美咲が頷くと、三階まで上った誠は廊下の左右を確認した。
 敵の気配がないことを確認して後続を呼び寄せる。誠は手振りで美咲に「どっちだ?」と尋ねた。
 美咲が右を指さしたその時、反対側から足音が聞こえてきた。
 山鳥毛がいち早く反応し、抜刀して構える。誠も反射的に音の方へ銃を向けた。
「誰だ?」
 誠の問いが、廊下の向こうへ吸い込まれていく。
 一番奥の部屋から、人影がゆっくりと廊下に出てきた。頭から白い大判の襤褸布を被っているが、俯き加減の金髪からは美しい顔立ちが垣間見える。
(あれは……)
「山姥切……?」
 山鳥毛がその名を呟く。美咲の読みどおり、子供の言っていた方角に”白いお化け”のような山姥切国広が来ていたのだ。
 だが、山姥切はこちらを見ても微動だにしない。山鳥毛は構えを解き、ゆっくりと歩み出した。
「こんな所で何をしている?三日月が捜していたぞ、早く……」
 その時、山鳥毛の脇を素早く駆け抜ける者がいた。則宗だ。
「則宗!?」
「則宗さん!!」
 一同が制止する暇もなく、則宗は山姥切に斬りかかる。山姥切も抜き身で則宗の太刀を受け止め、鍔迫り合いとなった。
 間近で顔を見た則宗が呟く。
「なるほどな。本科の坊主が言ったとおりだ。」
 その言葉にぴくりと頬を動かし、山姥切は則宗を押し戻した。間合いを取って則宗は構え直す。
「自分の本科はわかるのに、仲間や審神者のことは忘れたのか。」
「……俺の主ならこの時代にいる。」
 則宗と山姥切のやり取りに、山鳥毛が困惑する。
「則宗、どういうことだ?長義から何を聞いている?」
「この坊主は呪いを受けて操られているんだ。審神者や、仲間である三日月宗近のことも忘れて……な。」
 もっと困惑しているのは美咲だ。うるさい胸の辺りを掻き毟り、口から心臓が飛び出そうになるのを必死になって抑える。
「そんな、どうして……三日月さんも山鳥毛さんも、山姥切さんのこと心配して捜してたのに……」
「待ってくれ則宗、だからといって山姥切を斬るのは……」
「時の政府からの命令だ。場合によっては刀剣破壊も辞さない。」
 則宗は軽く首を傾げて言う。
「まあ僕としては、腕一本切り落とす程度で済ませたいところだがな。」
 軽い調子に美咲は全身の毛が逆立った。昨日と同じ感覚。簡単に肉体を斬ろうとする様は”刀”そのものだ。
 そんな美咲を余所に山鳥毛は駆け出した。鞘から太刀を抜き出し、則宗の本体に叩き付ける。
「……何の真似だ、山鳥毛。」
 氷のような冷たい目に、焔のような瞳がかち合う。
「斬るのは待ってくれ。私が話をつける。」
「そんな悠長なことを言っている場合か?」
 言うなり則宗はその場を飛び退く。山鳥毛も身を翻し、山姥切の斬撃を寸でのところで交わした。
 背後から則宗が斬りかかると、山姥切は左手に構えた鞘で防ぐ。押し戻して利き手の本体を振り翳すと、今度は山鳥毛が山姥切を止めに入った。
「山姥切、やめるんだ!抵抗せずに従ってくれ!」
「……断る。」
 二刀流のように鞘を使い、山姥切は山鳥毛を牽制する。則宗、山鳥毛、山姥切が三つ巴で廃病院の廊下で斬り合いを続けるのを、美咲は止めることもできずただ見守ることしかできない。
「クソが……ちったぁ大人しくしろ……」
 はっとして振り向くと、誠が三振りに銃口を向けていた。その高さは足下ではなく、胸より上を狙っている。
「國井さん、何やってるんですか!?」
「見りゃわかんだろ、狙いが定まんなくてイラついてんだ。話しかけてくんな。」
「そんな……!」
 思わず美咲は誠の前に踊り出た。大きく手を広げ、三振りを誠の視界に入れないようにする。
「……何の真似だ?」
 低い声で尋ねる誠に、美咲は訴えた。
「お願いです、撃たないでください!」
「この状況のどこを見てそんな悠長なこと言ってんだ。どけ。」
「嫌です!」
「どけっつってんだろ!!」
 最初は冷静だった誠がついに怒鳴る。美咲を押し退けようとした、その時だった。
「もういい、山姥切。」
 背後から声がして、誠は後ろを振り返る。
 美咲はその肩越しに、あの黒いパーカの少年の姿を見た。

3件のコメント

とある隠居

とても面白かったです。
映画の登場人物が出てくるの最高でした!
一つ、とても気になっているところがあります。最後のメールの相手、もしかして…ですよね!?

返信
銀扇

ありがとうございます!
どうにかして映画の登場人物(特に琴音ちゃん)と会話させたい一心で盛り込みました。

美咲のメール相手(旦那さん)、ご想像の通りでございます(*´ω`*)
実は、仮の主二人が記憶を消された後の話も頭の片隅で展開されていたりします。
刀剣男士がほぼ絡まなくなるのと、長くなってしまうので今回割愛してしまいましたが、つまりはそういうことになります。

返信
とある隠居

お返事ありがとうございます、作者様。
ああ、やはり…!それを聞いてさらにハッピーハッピーハーッピー(最近の猫ミームのアレ)になりました😂!
ふせったーも読ませて頂きました。そういう裏話大好きなのでとても興味深く拝読しました。本当に細かく設定を作り込まれていると感心致しました。
素敵な小説をありがとうございます。

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