吾亦紅∕紅紀 - 1/5

鼻の奥を突くようなシンナー臭に自然と眉が寄る。

2205年から任務で出向いた一世紀近く前の現世で明石国行は仮の主となった女人に爪紅を塗られていた。

「…臭いんやけど」
「マニュキュアだからしょうがないでしょう?そういう物」

仕事をしてると出来ないんだよねーっと若草色をはみ出さないよう丁寧に塗るこの女人はふりーたーと言う職業らしく、爪紅等派手に飾り付ける事が出来ない為に突如現れ行動を共にする事になった明石を代わりに飾り付ける事にしたのだ。

一体何の為に己は現世へやって来たのやら。
楽しそうに爪を飾る彼女にもう好きにしてくれとばかりに形の良い口から何度目かの溜め息が零れる。

漸く片手が塗り終えたのかもう片方を寄越せと手を伸ばす彼女に大人しく差し出しながらもその御魂へと意識を向ける。
ああ、やはり覚えがある気配がする。
明石はかつて関わっただろう人の子のそれを感じ取り、懐かしさに目を細めた。

明石国行は己を大切にしてくれた人の子をよく覚えていた。
それは分霊だろうと刀剣男士となろうと変わらず本霊から分け与えられた大切な物語の一つ。
それが例え生まれ変わりだとしても見間違う事はそうないだろう。

「何か付いてる?」

無意識に見詰めていたのだろう。
彼女の言葉に我に返ると態とらしく肩を竦め、戯言を転がす。

「付いとるなぁ。鼻と口と目ぇが」
「当たり前じゃん」
「そうやな」

そんななんでもない穏やかなやり取りを交わす。
ただ物言わぬ物だった頃は叶わなかった事。
それがまた嬉しい。楽しい。悲しい。
任務が完了すれば彼女の記憶から己の存在は無かった事にされるとわかっていても覚えていて欲しいと願いたくなるのはいけない事だろうか。
蛍丸が投棄されたと知った時とはまた違う胸の痛みから目を逸らし、己に課された勤めを果たすべく次へ繋げる事にした。

「なあ、ちょい付き合ってくれへん?」

 

4件のコメント

匿名

とても良かったです!クラファンする時、「もしかしたら私もこういうことがあったのかも☺️」と思ったら、めちゃくちゃつぎ込んでしまいそう😂
大人しくマニキュアされる明石、ツボです!
素敵な小説、ありがとうございました!

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紅紀

コメントありがとうございます!
私も頭の中で導かれるような声がしたら注ぎ込んでるかもしれません。
そして、この明石は「自分は出来ないから」と言われたら仕方がないなーで付き合ってくれるし、仮とは言え危険な事に付き合わせてしまった相手から貰った『自分だけの物』となれば刀の装具品のように大切にすると思い、こう描かせて頂きました。
楽しんで頂けて光栄です。ありがとうございました!

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謀叛人もどき

おお、なんだか綺麗な話を読ませて頂きました。お疲れ様です!
大変柔らかく情景に満ちて良いお話でした。
ありがとうございます!

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紅紀

コメントありがとうございます!
また、このような素敵な機会を頂き、大変光栄の際でございます。
出来る限りの力を注ぎ込んだので、そう言って頂けると嬉しいです。
本当にありがとうございます!

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