吾亦紅∕紅紀 - 2/5

一人と一振の姿はとある展示会場内にあった。

「付き合ってって言うから何処へ行くのかと思ったらまさか刀とはね」
「ええやろ。ほら、この刀は一文字であっちは長船派や。ええ造りしとるやろ?」

よくわからないけれど綺麗と眺める彼女へ簡単な紹介をしつつ時折己を売り込む刀を微笑ましく思いながら目的の物へと近付いて行く。

もう少し、後少し。

「ちょいこっちのんも見てみ」

まだ他のを見ていたのにと怪訝そうにしながらも振り向いた先にある一振の太刀。

「これが今の時代の『明石国行』や。よう来てくれたな」
その照明に照らされた刀身の下に出来た影には木漏れ日のような不思議な模様が浮かんでいた。
しかし、それも瞬きをすると跡形も無く消えてしまった。

「…今のって」
「態々来てくれたお嬢を歓迎して『さーびす』してくれたんや」

目を白黒させて凝視しては目を擦り再び確認する彼女を微笑ましく見守る。
過去に世話になった者に会いたいと願うのは人も物も変わらないのだ。
本霊の満足そうな気配にも頷き、展示ケースへ触れそうな程に近付いている彼女の肩を掴もうと手を伸ばした。

その時だった。

身の毛がよだつような悪寒を感じるとほぼ同時にけたたましく非常ベルが館内に鳴り響き、会場内がザワついた。
アナウンスはまだ流れないながらも係員が状況確認の為に走り、自主的に避難を開始する者も居る中、動揺する彼女の押さえ付けるように頭を撫でてやる。

「あーあ、仕事が来てもたわ。他のんと一緒に外出とき」

押さえ付けられて非難の目を向ける彼女から手を離し、背を押すと呼び止める声も聞かずに足早に気配の元へと向かった。

 

混乱し、逃げ惑う人々の波を掻き分け辿り着いたものの敵の数は数十。
流石に多勢に無勢となれば不利と悟り、援軍が辿り着くまで足掻くも傷は増えていく。

あの娘は無事に逃げれただろうか。
女がこんな血腥いものを見る必要は無い。
戦とは無縁な時代、どうか健やかに過ごして欲しい。

その願いから傷付こうと敵を屠る。
その敵にも願いがある。念いがある。
それでも今(物語)を守る為に力を奮い続ける。

「お待たせしました!」
「独りでよく頑張ったな」
漸くやって来た増援の声に折れずに済んだと安堵の吐息を零れ、間合いを取り直す。

「はは、のんびりし過ぎやで。…頭数増えた事やし、はよ片付けましょか」
掛け声へ応!の応答と共に地を蹴り、各所で刃を交える音が響き始める。

そんな音に誘われるようにして戦場へ近付く影が一つ。
仮の主となった女はドア一枚挟んだ前までやって来たのは良かったのか、悪かったのか。
初めて感じる殺気で溢れたその先に踏み出す勇気もなく、血の気が引く感覚に震えていた。
やりたい事もなく、バイトや派遣に明け暮れていただけのただの小娘が突然巻き込まれたのだから仕方がない事である。

それでも短い間とは言え、行動を共にした明石国行を名乗る日本刀を持った男は気怠げな様子とは裏腹に言葉が眼差しが心配りがとても暖かかった。

そんな彼が今、危ない事をしている。
自分を逃がして戦っている。

「神様仏様…」
どうか彼を助けてください。
そう願わずには居られなかった。

 

4件のコメント

匿名

とても良かったです!クラファンする時、「もしかしたら私もこういうことがあったのかも☺️」と思ったら、めちゃくちゃつぎ込んでしまいそう😂
大人しくマニキュアされる明石、ツボです!
素敵な小説、ありがとうございました!

返信
紅紀

コメントありがとうございます!
私も頭の中で導かれるような声がしたら注ぎ込んでるかもしれません。
そして、この明石は「自分は出来ないから」と言われたら仕方がないなーで付き合ってくれるし、仮とは言え危険な事に付き合わせてしまった相手から貰った『自分だけの物』となれば刀の装具品のように大切にすると思い、こう描かせて頂きました。
楽しんで頂けて光栄です。ありがとうございました!

返信
謀叛人もどき

おお、なんだか綺麗な話を読ませて頂きました。お疲れ様です!
大変柔らかく情景に満ちて良いお話でした。
ありがとうございます!

返信
紅紀

コメントありがとうございます!
また、このような素敵な機会を頂き、大変光栄の際でございます。
出来る限りの力を注ぎ込んだので、そう言って頂けると嬉しいです。
本当にありがとうございます!

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