ーーパリ、シャルル・ド・ゴール空港。
「次のフライトに丁度いい時間ね」
国際線のロビーで電光掲示板を確認する。その手には先ほど発券した航空券が2枚。
村雲と出会いばなに彼女がかけた電話は、航空券を予約するものだった。
「え、」
驚いて村雲が振り返ると、彼女は心外だと言うように眉を上げた。
「何よ。貴方が東京に行って、って頼んだんじゃない」
「いやそうだけど」
まさかあの一言だけで彼女は即日東京行きを決めたのか。
村雲は思わず尋ねる。
「どうして、」
「まあ、貴方が何なのか、何をしに行くかはこれから聞くけれど。……パリに220万、世界に70億の人間がいる中で、貴方は私を選んだ。それだけで一つのお願いを聞くには十分な理由よ」
彼女はチャーミングに笑う。
村雲は、それ以上食い下がれなくなってしまって。「……ありがとう、」と小さな声で言う。
「聞こえないわ」
「…ありがとう」
「お礼は大きな声でって教わらなかったの」
「ありがとう!!」
やけくそになって叫ぶと、「上出来ね」と彼女は村雲の背を叩いて。ふと気がついたように、村雲の腰の刀を指差す。
「ところで、貴方の『ソレ』は、普通に持ち込めるものなのかしら」
「えっああ……そう言うのは、誤魔化せるから、大丈夫」
「そうなの。便利ねえ」
***
搭乗を待つ間、村雲はひたすらそわそわとしていた。当たり前だけれど飛行機に乗るのは初めてである。
「どうしたの。少しは落ち着きなさいな」
「あ、あれが空を飛ぶんだよね……?」
待合室から見える機体を指差す。
「そうよ」
「あんな鉄の塊が……?」
「すごいわよね。私も初めて乗った時は緊張したわ。離陸する時かなり揺れるから覚悟なさいね」
「ええ……」
けれど、ブティックに入る時と違って村雲は「無理」だとは言わない。彼女はそれに気づいて、ふふ、と笑った。
「大切なお役目があるのね」
そう言われて、村雲は小さく頷く。
頼んだ村雲以上の行動力で彼女がここまで来たものだから、つい話しそびれてしまっていたけれど、と。ようやく彼女に自分が何か、何をしに東京へ行くのか、この戦いのこと、全てを話す。
彼女からしたら突拍子もない話だろう。信じてもらえるだろうかと顔色をうかがおうとしたところで、アテンションプリーズ、と搭乗開始のアナウンスが響いた。
「行きましょうか」
彼女の表情は、サングラスのせいでよくわからない。
***
--ポンと音が鳴り、シートベルト着用のサインが消えて、飛行機が安定状態に入ったことを知らせる。
「お、折れるかと思った…………」
村雲は腹と本体を抱きしめて、真っ青な顔で息を吐いた。
離陸の振動と爆音と体にかかる力は想像以上のものだった。
「ふふ、ほら、窓の外をご覧なさい」
彼女に言われて、村雲は身を乗り出して、言われた肩を見る。
「ーーうわ、雲の上だ」
「貴方の名前と同じね」
そう言われて、村雲は小さく頷く。
しばらく彼女越しに窓の外を眺めていると、通路からガラガラと音が聞こえてきた。
何の音か、とひょこりと通路に顔を出すと、添乗員が何やらワゴンを引いてくるのが見える。
「? 何あれ?」
彼女が答えるより先に、ワゴンが村雲の隣にたどり着く。
「Would you like something to drink?」
「う、うじゅ……?」
一文字則宗のような色彩の髪と目の色をした添乗員が話しかけてきて、村雲はギョッとして肩を跳ねさせた。
「何か飲み物は、って訊いてるのよ」
「飲み物を出してくれるの?」
「ええ」
彼女が頷くので、村雲は目をぱちくりしてから、何かあたたかいのをってどう言ったらいいのと尋ねた。
教わった通りにおそるおそる「ほ、ほっと、てぃー、ぷりーず」と注文すると、その通りに湯とティーバックを渡された。
「すごい、親切だね」
「そうねえ。因みに、次は食事が出るからね」
「ええ?!」
単なる移動手段だと思っていたら、食事まで出るらしい。運賃はいくらなのだろうかと考えようとして気が遠くなった。そして、はた、と気がつく。食事を提供されるということはつまり、相当な所要時間がかかると言うことじゃあないだろうか。
「ひょっとして、東京まですごく時間がかかるの……?」
「ざっと14時間ね。時差もあるから、羽田に着くのは明日の朝よ」
「えええ……」
村雲は頭を抱えた。明日、明日の朝。
決戦がいつか、正確な時刻はわからない中でこの地に降りた訳だけれど、果たして自分は間に合うのか。
二束三文の自分は、主の命一つ満足に果たせない。……いや、そもそも命を果たすことなど、最初から期待されていなかったのではないか。
「……やっぱり俺、体よく追い出されたのかな」
「え?」
聞き返すマダムに、村雲は自嘲的に笑いながら話す。自分は十把一絡げ、二束三文で売りに出された刀なんだ、だからきっと、今回も、と。
ーーピシッ、と。
乾いた音が機内に小さく響いた。彼女が村雲の額をデコピンした音だった。
「そんな訳ないでしょう」
「君には分からないでしょ」
「確かに私は刀剣の価値は専門外だけれどね。でも見くびってもらったら困るわ。貴方はいい刀よ」
「……」
それにね、と彼女は続ける。
しゃらり、と胸元のピンクトパーズが揺れた。
「それに、どんなに高かろうが、流行りだろうが人気だろうが、関係ないのよ。モノと人は。しっくりくるかどうか、それが全てだわ」
「しっくり、」
村雲は彼女の買い物の様子を思い出す。確かに値札のゼロの多さも、店員のおすすめも、彼女には瑣末なことであるようだった。琴線に触れるかどうか、それが、全て。
……自分も、主にとってそうあれたのだろうか。しっくりくる、彼の人だけの、「モノ」に。
瞳を揺らす村雲に、彼女は問う。
「それともあなたの主は大一番の戦にとっておきの戦力を投入せず、役立たずをお払い箱にするチャンスだって考えるような大うつけなのかしら」
「違う!」
反射的に言い返す。思ったより大きな声が出たことに自分で驚いた。
に、と彼女は笑う。
「なら、胸を張りなさい。あなたの主は、あなたを適任と思ってここへ送り込んだのよ」
そう言われて、ぐ、と村雲は腹に力を入れて背を伸ばした。
「…………うん」
ようやく、頷いたところで。
「Would you like chicken or fish?」
いつの間にやらもう一巡回ってきていて。背後から異国語が降ってきて村雲の肩が跳ねた。
「……ち、ちきんぷりーず」
ーー羽田空港まで、後14時間。
マダムがカッコよすぎて惚れました!
村雲江にはこれくらいの主が似合いかも。
ラストのマダムが村雲を送り出すセリフがまたカッコいいこと!
面白くて、あっという間に読んでしまいました。マダムとっても素敵です!村雲江は知らずとたくさんの選択肢の中から、マダムを仮の主に選んで顕現したんだなあとにこにこしてしまいました!素敵な物語ありがとうございます!
面白かったあああああ!!!!
爽快!テンポがいいのにかけあしすぎなくて読みやすくてはらはらわくわくした!
大好き!マダムかっこよ!!!!
まさにマダム!!
こんな歳の取り方をしたいです!
70億の人間の中から選んでくれた、という理由でパリから東京に飛べる財力もほしい!!(笑)
村雲江のかわいさとあいまって、とても素敵な仮主従でした…!
わん!!!!
マダム格好いい!!
機上で雲を見下ろしながら、貴方の名前と一緒っていうところがとても好きです!
マダム、かっこいいです!!
高級店と飛行機にびくびくしている村雲江も可愛かったし、何と言っても最後の、マダムが発破をかける台詞が素敵でした!