40000メートルの先に世界/あの - 3/5

(今ならまだ引き返せるけど)

チケットの問題が去ると、深磨の中で再び不安な声が聞こえ始めた。

――だってもうチケット買ったし。

内心の声に言い返してみる。

――それに陸奥守さんを助けようと決めたのは自分だ。

(それ。できないくせに格好をつけて。何したってみんな達みたいにはなれないんだよ)

「格好つけ……」

思わずボソッと声に出してしまう。

隣で2つ目のカステラをもぐもぐし始めた陸奥守が、うん?と深磨を見た。

ええと、と深磨は売店や土産屋の広場に視線をひとまわり泳がせた後、白状した。

不思議なことに、陸奥守の人懐こい目には、何故か言葉を引き出されてしまう。

「私には、上にも下にも沢山いとこがいて、みんなスポーツが得意で明るくて、伯父さん叔母さん達の自慢で。だから私もそれにならわなければと思うんだけど、本当はあまりそのスポーツが好きじゃない。ずっとやってるから少しは身についてるけど、楽しく感じない、いとこ達にも追いつけてない」

なるべく愚痴に逸れないように頭の中で整理しながら、ゆっくりと深磨は話した。

ずっと比較されるのか。これが続くのか。

できるだけ気にしないようにしてきたが、ネガティブの穴に久々に大きく落っこちていたのが昨日だったこと。

そして、その時に遡行軍と陸奥守が現れたこと。

話している間、頭の中には親や親戚たちの声がぐるぐる回る。

『おしいミマちゃん』

『あとちょっとのミマちゃん』

本人達としては親しみの延長で、悪意の無いからかい言葉なのだ。

陸奥守はカステラの最後の一欠片が入った口元だけをもぐもぐと動かして、じっと深磨の話を聞いていた。

「もし『仮の主』をやり通せたら、スポーツで皆にはかなわなくても、私にもちゃんとできることがあったと自分に言える、かもしれない。

だから私がいま陸奥守さんを助けようとしているのは、これは、善意じゃなくて、自分が大事なだけで、正しい心じゃないのかも。ずるい気持ちなのかも」

敵わない現状から逃げようと、突拍子もないことをしようとしている。

いとこ達から何かで秀でるために現状を利用しようとしている。

深磨の告白が終わるのを待ってから、陸奥守は口を開いた。

「昨日はらぁてはちきんなと思うたが、おまさんは案外とじってじゃのう」

それから牛乳を一口二口飲みながら続ける。

「おまさんといとこ達とに、そのすぽうつ……やっとうじゃな、なんぼの差があるのかわしにゃあ分からんけんど。

おまさんは遡行軍の短刀の動きを目ぇで追えるまで、自分を鍛えてきたやないかね。

得意じゃー無いがかにそこまでなれるのはこじゃんと稽古を頑張ったからちや。やお?

仮の主を引き受けてここまでくる豪胆さやってなかぇか。皆は果たしてこたぅかえ。

理由の中に自分のえてが含まれても、わしを助けるためにここまで動いちゅうのは、やっぱりおまさんの心根が誠実だからじゃ。

善意ちゅうのはおまさんが決めちゅうよりもっとこじゃんと広く形があるがでよ。

やき、そがに自分に厳しゅうせいでもえいがぜよ。

おまさんは頑張っちゅう、情のあついじってな子ちや。

もしやっとうがたいそいなら、別の事をさなぐしたらどうやか。

世界はまっこと広いんやき、おまさんが心から打ち込めることが絶対にこじゃんとあるがでよ。

……ほれと、追いつけないらあゆうてるけんど、時間遡行軍の短刀をこたかしたおまさんが何を言うがかぇ……とわしは思うがの?」

おまさんは、そうは思いやーせんか?

そう聞いてくる陸奥守に、深磨は少し間を置いてこくりと頷いた。

本当のところ陸奥守が正確には何を言っているのか、早い段階で脳内での翻訳が追いつけていなかった。

ただ彼の口調や表情から、おもいッきり励ましてくれているというのは分かった。

「……仮の主の仕事が終わったら、部活休んで、今度は好きな事とか得意な事をしようかな」

「おお。えいのう!おまさんは何が好きで得意ながか」

ふと思って呟いた深磨の言葉に、陸奥守は目を輝かせて尋ねた。指は深磨がまだ開封していないカステラに伸びている。

陸奥守の陽の気に圧倒されながら、深磨は考え込み、ウウッとため息をついた。

聞かれてとっさに答えられるものが浮かばないのだ。

「お……思いつかない」

「いやっちゃ。ほりゃあ、好きを見つける楽しみができちゅうよ」

しおれてしまいそうな答えにも陸奥守はからりとした言葉で発破をかけてくる。

成り行きとはいえ、こんな清々しい人が何で自分の目の前にいるんだろう。

ピンク色のカステラを頬張りにっこりと笑う陸奥守を眩しい気持ちで見つめ、私のやつ食ってんなぁとぼんやり思いながら深磨はつられて笑った。

空気のねじれを感じたのはその時だ。夕べと同じ感覚だった。

それは一瞬だったのに、優しかった陸奥守の目が鋭くなってゆくのがスローモーションに見えた。

「あっ」

と深磨が声を上げた時には、陸奥守は拳銃の引き金をひいていた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA