どうして良いがかは分からんけんど、特に嫌な空気を感じるのはずっと向こう……江戸のほうじゃ。
これからどうするかを話した時に奥守がそう呟いたので、翌日深磨はこうして電車の中にいる。
東京に行くと言って許しが出るはずもないので、今日は荷物が多いからと親に言い訳して学生鞄をリュックに変え、部活の竹刀袋へ本体に姿を戻した陸奥守を入れて、学校に行くふりで家を出た。
軍資金は幼いころからこっそり親に提出しなかったお年玉の一部や、貯めていた小遣いだ。
少なくとも片道分はある。
行ってやる。行ってしまおう。
今まで一人で遠出をしたことがない深磨は、飛行機のチケットをとる為の手順などほとんど解らなかった。
そのことに気が付いたのは、間もなく電車が空港に到着する頃だ。
失念していた。
「どれ、ちっくと任せとおせ」
深磨から話を聞いた陸奥守は改札を出た通路の端で人の姿となり、にっと笑った。
自信たっぷりのあまりに良い笑顔に、深磨は「どうするんだ」とか「その姿で大丈夫か」という様々な問いを飲み込んでしまった。
そこからチケットが手に入るまで、あっという間だった。
陸奥守がその辺を歩いていた空港関係者に声をかけると、その人はちょっと眠そうな目になったあと二人をどこかの受付に連れてゆき、そこの人間に陸奥守が話しかけると、その受付の係員も同じように眠そうな目になり……と、陸奥守がひとこと言うだけで相手が勝手に事を進めてくれて、あれよあれよという間にキャンセルのチケットが二人分、手元にやってきたのだ。
「ほい、どうじゃ」
陸奥守は得意げな声で言った。
そしてニコニコしたまま深磨の袖をつんつん引っ張り、近くの売店の棚を指さす。
その指の先には、一切れづつ包装されたカステラがあった。
「飛ぶまでまだ時間があるがやき。あるがやき」
先ほどの頼もしい笑みとは一変、期待に満ちたわんこのような笑顔だ。
陸奥守の雰囲気の差に置いてきぼりをくらいそうになりながら、深磨はカステラの普通味を二つと苺風味を一つ、牛乳を二つ買った。
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