2015特命任務始末・改稿 - 6/6

「これは一体どういうことかな、各務」

翌日、自分ごときの人間にいたわりの言葉をかけて消えていったはずの付喪神は、何故かまた目の前にいた。執務室の椅子にパリコレモデルのような長い足を組んで座っている。
とても不機嫌な様子なのは一目で分かるが、それでも美しい相貌がちっとも損なわれていないのは、ある意味感心さえ覚えた。
いや、今は見惚れている場合ではない。

「も、申し訳ありません。その、昨日の時間遡行軍との戦いを、野次馬に携帯で撮られていまして」

しかもそれがフォロワー何十万人もいるインフルエンサーだったからタチが悪かった。『謎の超絶イケメンが日本刀でお化けと戦ってたんだが』というタイトルで、もうバズりにバズって、ネットニュースやテレビに取り上げられて大騒ぎになっているのだ。

「はぁ？　季節性の流行風邪がなんだって？」
彼の生きる2205年にはインフルエンサーという言葉はすでに死語らしい。詳しく説明する時間も惜しいので、それはまぁ、あとで、とむにゃむにゃ誤魔化しながら説明を続ける。

「へしきり長谷部様の仮の主だった黒田実弦さんが今、美容系インフルエンサーなので、あれはクオリティの高いコスプレ撮影場面だった、という情報を流してもらって、なんとかそっちの方向に印象操作しているところです」
「待て、へしきり長谷部の仮の主も季節性の流行風邪に感染したのか？　容体は？　治療はしてるのか？」
ほんのひと時、行動をともにした人間のことを真剣に心配する彼は、自身が思っているよりもずっと心根の優しい刀なのだ、と各務は知っている。

「黒田さんは元気です、とっても。それで、とりあえず解決策として、また以前のように全員の記憶と記録を抹消してまわるのは、昨日も申し上げた通り、そのー、国家予算並の資金が投入されるのでないかと、上の方で問題になり……」
公用車の中で見た、巨大な青いファイルの長い長い数字の羅列を思い出したのか、長義がぐっと言いよどむ。昨日の今日では、さすがにまだ時の政府から記憶消去はされていないらしい。

「ですので、木を隠すなら森の中、と言いますか、せっかくとんでもなく出来の良いコスプレ写真だった、という情報操作に成功しているなら、それに便乗してしまえというのが上の判断でして──」
「俺にやつし比べもどきをしろ、と言うのか？　一体何を考えている、この時代の人間たちは！」

怒りに任せて黒い手袋をはめた手のひらが、机をばしんと叩く。
彼がこんな提案にはいそうですか、と簡単に乗るわけがないのだ。各務としてもこんなことを頼むのは、心苦しいことこの上ない。いっそその刀のサビにしてほしいぐらいだ。冷や汗をかきながら、つっかえつっかえ、上司から押し付けられた要請を述べる。公務員は辛い。

「そうでなくても物価の上昇などで電気代が高騰しており、国民の生活を圧迫しておりまして……。それでさらにここに来て大量の電力を消費すると今月の日本国民の電気代がそれはもう明らかに異常なことになります。これは何かおかしい、陰謀でもあるんじゃないか、と勘ぐる者も出てくるでしょう」
そうなったら、然るべき時まで秘匿としなければいけない時間遡行軍と刀剣男士、審神者の存在に気づく者が現れ、歴史が修正されてしまうのではないか、というのが上層部と有識者会議の結論でして──。
各務はとにかく上司に言われたことを、そのまま早口で告げた。これでも国家公務員試験合格者。暗記は大の得意だ。目の前で額に青筋を立てている刀の正式名称も、当然そらで言うことができる。

「どこの有識者だ、どこの。ここに連れてこい、直接問いただす」
ぐうの音も出ない。それでも日本国民の生活負担を憂いることができる、この誰よりも責任感が強く、慈悲深い付喪神様は、数時間後には政府が用意した最高級のロケーションと撮影班の手によって、数枚の写真を撮らせてくれた。

この画像は数日間、ネットの海を駆け巡った後、何故か跡形もなく消えることになっている。おそらく、「2015年夏にバズったあのとにかく人外みたいに美しい謎のコスプレイヤー」という強すぎる記憶を人々に残して。

「もうあと10年は来ないから覚えていろ」
悪態をつきながら元の時代へ帰っていく長義の背中を見送り、10年後か、と各務は反芻した。
それまでになんとか思いつくだろうか。

報告書に添付されるであろう、付喪神様の写真を複製する方法を各務は真剣に考えていた。