2015特命任務始末・改稿 - 5/6

「───として、一体の時間遡行軍をここに撃破。現場は処理班が原状復帰とした。よって特命任務は現時点を持って終了とする」

完璧ともいえる口頭での報告をひたすら打ち込み続けていた各務は、パソコンの画面からハッと顔を上げた。数時間前に出した長義への茶は、いつの間にかすっかり飲み干されている。
また別れの時が来たのだ、と思った。

「お疲れ様でした」

あちこちぶつけながらも慌ててソファーから立ち上がり、お手本のような角度でお辞儀をする。そんな各務の頭上から、長義の声が降ってきた。

「言おう言おうと思っていたのだが、以前より顔色が悪い。体調管理も仕事の内だ。今日は早く帰って寝るように」
「は、はい、申し訳ありません」

そうはいっても、公用車を一台お釈迦にした件については、今日中に始末書を提出しないと退社は許されないだろう。女子高生の抹茶ラテマキアート代や仮主たちへの交通費の清算とは桁が違う。そんなことを思いながら、さらに深く頭を下げたところで、ふと違和感に気づいた。

──以前より？
今日一日、恐れおおくて──、あと単純に顔の造形が良すぎて──、まっすぐこの付喪神様を見ることなどとても出来なかった。それなのに、今はまじまじとその顔を見つめてしまう。

「そんなに驚くことかな。自分でも言っていただろう？　人は水をその手に保ち続けることはできない。どんなに頑張っても指の間からすり抜けてしまう。でも、その水が冷たく、心地よかったことは覚えている」
だから、なにかの拍子に忘れていたはずの記憶が呼び起こされるということも、十分あり得ると思います。

代々受け継がれてきた仮の主となる審神者と一握りの政府関係者。それ以外に3年前のあの戦いを覚えている人間は、自分も含めていないだろう。その言葉に異を唱えたのは、他ならぬ各務自身だった。何もかもを見通しているような青い瞳に、馬鹿みたいに呆けた中年の顔が映っている。

「さっき、茶を飲んだ時に思い出した。俺はこの味をすでに知っていると」
人の悪い神様は、してやったりとばかりにいたずらっぽく微笑んだ。

「また明日の明日の、そのずっと先の明日に巡り合うこともあるかもしれないが、それまで息災でな。──各務」

突如、視界が強風と桜吹雪でいっぱいになり、思わず手で顔を庇う。次に各務が目を開けた時には、長義の姿も桜の花もかき消えていた。

時間遡行軍と刀剣男士、そして審神者についての全ての情報は、まだあと180年ほど、国民に秘匿としなければいけない。故に今、各務が作成している報告書、それが唯一の記録となりうる。だからこそ、この目で見た状況は全て詳細に、派遣された刀剣男士の発言は一言一句書き漏らすことは許されない。そう、きつく命じられていた。その為の誓約書も、入省当時に腱鞘炎になるほど何枚も書かされている。
それでも、自分はこれから規則違反をするだろう、と各務は思った。

さっきの一言。あれだけは、自分の胸に留めておきたい。
明日の明日、いつかの明日、またあの美しい刀の神様に、再会するその日まで。