西暦2205年、歴史を改変しようと目論む歴史修正主義者が現れた。彼らが操る時間遡行軍から歴史を守る、それが刀剣男士に課せられた任務だ。
本来の主、審神者から遠く離れることになる刀たちは、その存在がおぼろげにならないように限定的に遠征した時代時代に、仮の主を必要とした。
定石として神職を務める者や、代々刀を守ってきた由緒正しい家の子孫が選ばれるべしとされてきた。だが、必ずしもそうでもないということが分かってきたのは、つい最近のことだ。
これと言って高貴な出自を持つこともなければ、スピリチュアルな能力もなく、ただただ平凡に生きてきた人間、たとえば各務のような──、そんな者でも何故か選ばれることが稀にある。
「……運転に集中しろ、と言うべきかな」
後部座席で上がった咎めるような声に、各務は慌ててハンドルを握り直した。
「し、失礼しました、山姥切様」
公用車のバックミラーで、長義がこちらを見つめている。相変わらずとんでもなく整った顔立ちは三年前と全く変わらない。刀剣男士は、年は取らないのだろうか。いや、彼らは元々、刀に宿った付喪神だ。神様が年を取るわけはない。
「それで、その少女はそんなに重要人物なのか?」
「は、はい。2012年渋谷の件で陸奥守様を権限させた少女です。今は都内の大学生ですが、いずれ三日月様の仮の主となった琴音さんと同じくらい、審神者としての潜在能力を秘めている、と当局は見ています」
あの日、刀剣男士を権限させることが出来た人物は全て政府の監視・保護対象となっている。そしてまた今の時代では手に負えないようなことがあれば、すみやかに刀剣男士の派遣を要請する。それがこの3年で、未来の政府と現政権の間で幾度となく交渉し、取り決められた条約だった。
「歴史修正主義者は、あの戦いでかなりの戦力を投入してきました。おそらくあちらはあちらで、勝負をかけていたのでしょう。あれから時間遡行軍の存在はほとんど確認されていませんし、数回あった攻撃は全て単独の弱い個体によるもので、審神者候補に実害なく退けることが出来ています」
ですが、監視の役についている現場の報告によると、今回はどうも我々が相手に出来るようなものではないと──。
「敵は大太刀か」
むにゃむにゃと濁した続きを、あっさりと口にされれば素直に頷くことしか出来ない。
「それで、その、ここからが厄介なところなのですが──、上層部の要請は、できれば目立たずに撃破して頂きたいと」
ミラーの中の美青年の片眉がぴくりと上がる。背中にじわりと汗が吹き出るのを感じながら、各務は小声で囁いた。
「あの、時の政府の方々から譲り受けた、そのぉ、記憶及び記録を抹消する装置なのですが、どうも、うちのエンジニアたちには扱いきれなくてですね……。詳しくはそこにあるファイルを見てください」
各務も、そこまでITに詳しいわけではない。万年窓際公務員として日向ぼっこをしながら茶を飲んでばかりいるのだから当たり前だ。とはいえ、それは全て上からの指示によるものだった。時間遡行軍の攻撃はいつ訪れるか分からない。下手に各務に違う仕事を与えては、いざという時に長義に同行できなくなってしまう。
どこまでもうだつの上がらない仮の主が説明を投げてしまったので、ため息を付きつつ長義の指が分厚いキングサイズのファイルを開く。
いつになったら君たちの機関は、紙ベースの書類から解き放たれるんだ、という呟きが運転席にまで届いたが、なんとも返事のしようがなく押し黙った。
おそらく2023年頃になっても、この国はコピー機とFAXが活躍し続けるだろう。なんとなくそんな気がする。
「……2012年度、内閣サイバーセキュリティセンター報告書。時の政府に支給された記憶及び記録抹消装置について、……未来過ぎてコードが全く分からない」
「それを書いた職員は、三日三晩徹夜した後、笑いながら壁に頭をぶつけ、強制的に休暇を取らされました。今はもう元気ですが」
車内にぺらぺら、と紙をめくる音が響く。
「……触ったら爆発しそうで触れない。何もしないのに壊れた」
「ITに携わる人間が普段、蛇蝎のように憎んでいる言葉を言ってしまい愕然とした、とそうヒアリングしています」
その人も、今は立ち直ってとても元気ですが。
付け加えられた言葉は、後部座席で額に手をやって頭痛に耐えるような仕草をしている長義には、ほとんどフォローになっていないようだった。神様も頭が痛くなったりするんだな、とおかしなことを思う。
「そんなわけで、なるべくあの装置を使いたくない、というのが政府の総意でして……」
「歴史を守るという大義の上で、それは重視される問題か?」
ごもっとも。各務は針のむしろにいる心持ちで、ミラー越しの神様から目をそらした。
「すみません、でも……、最後に次のページだけ、目を通してもらってよろしいでしょうか?」
一つ睨んでから、長義がファイルのページをめくる。その目が、一瞬だけ大きく見開いた。
「あの装置を使った時に掛かる電力です。国家予算並ということで、次の年に供給が足りなくなり、何回か計画停電を余儀なくされました」
戸惑うような視線が、ページに記されたゼロの異様に多い数字と運転席の各務を行ったり来たりする。
「計画停電といえども、ライフラインの予備電源が上手く作動しない場合もありますし、そうなると病院などで人工呼吸器や酸素マスクをつけている重篤な患者の死亡事例も出る可能性もありえますし、交通課の警察官を根こそぎ動員して交通整理をさせたとしても、事故が多発する危険もあり──、本来の歴史では起きなかったささいなことで、大きく未来が変わるという、いわゆる歴史の分岐点になってしまうのでは、と上層部はそう危惧しています」
現代の仮の主という立場でしかない各務が扱えるレベルの最大値の情報の一つに、ある時代に出会うはずがなかった重要人物の二人を、出会わせた。ただそれだけで取り返しがつかないほどの歴史改変をやってのけた時間遡行軍がいる、と聞いたことがある。
まさにバタフライエフェクトだ。たった一羽の蝶の羽ばたきが、巡り巡って地球の裏側で竜巻を起こす。
「分かった。もういい」
長義が有無を言わさぬ口調できっぱりと遮った。
「この時代のやむを得ない事情は理解した。こちらとしても、損害を与えたいわけじゃない。むしろその逆だ」
歴史を守る、それが刀剣男士の責務だ。確か3年前にも聞いた。
「すみません……。守って良かったと思って頂けるように善処します」
まるで公務員の決まり文句だったが、本心だ。
たいへんに!素敵!でした!!
語彙力ないのでこれしか言えない。写真の複製ください!!!
なるほど、それで我らが知るあのゲームが発生…? でも確か、『刀剣乱舞ONLINE』の始まりは2015年1月14日だから時間が足りない……。渋谷の記憶が微かに残る誰かさんがゲームを作り上げた所で、山姥切長義と言うキャラを後発で入れるように要請した、と言う所かなー。(後から権力で押し付けられたから、原作サイドからの扱いが悪くなりがち……と言う所まで考えてしまった。)
脳内で映画刀剣乱舞の三作目(もはや、本編)が再生されてしまいました…尊すぎて、何度も声が漏れ出たので映画館ではなく脳内で良かったです危なかった…。
世界観の設定や、描写が素晴らしくて惹き込まれました。
所作や言動、布の動きまでも完璧な再生具合で、上質な美と緊張感でビリビリしました…。各務さんの顔色が悪くなるのも分かります。推しの魅力激し過ぎて魂が削れる感覚…良過ぎる…(顔色悪い理由はそれだけではないのは分かってはいますが)。
なにもかもが、たまらなく良かったです(語彙が消えました)。
この作品を経てまた、黎明を観返したいと思います。
ありがとう御座います!
各務さんと山姥切長義の一挙一動が最高で、設定にも説得力があってとっても素敵なお話でした!
水の例えが口をついて出てくるくらい、各務さんはこの3年あのことを考え続けていたんだなぁと思うと感慨深いです。
な、な、なんて素敵な……
最後のオチまで素晴らしく「読みたかった山姥切長義&各務さん」だー!!
素敵な各務さんと長義くんの話をありがとうございます!
記憶と水の例え、それを聞く長義くんの澄んだ瞳を想像してニコニコしちゃいました。
各務さん、末長く健康でいて欲しいなぁ……
ありがとうございます、ご隠居様
何て素敵なバディもの!!
長義さんと各務さんの関係最高です
御隠居様!!!
最高過ぎて語彙力が消えました!
確かに事故も災害もないのに突然の計画停電の上電気料金が爆上がりしたら現政府と電力会社を呪う自信がある(キリッ
各務さんは勿論のこと実弦ちゃんも元気にやってそうなのがまたいい。
次回作も楽しみにしております。
素晴らしすぎるんですけど、ご隠居様実はプロだった?!
倉橋さんと実弦ちゃんが仮の主になる家系という設定がとても好き!
長義と各務の掛け合いに時々涙出そうになりました
隠居最高!! ありがとう隠居!!!
自分は彼のためだけに存在している。最高。
花丸優をあげたい。
長義さんと各務さんの距離感がとても好きです。
すごくすごく素敵なお話でした!!
丁度12時間前に映画初見してきたばかりなので、長義さんと各務さんの姿が、やり取りが、脳裏というか目の前に浮かぶようでした。
実弦さんが美容系インフルエンサーになってるとこと、各務さんが長義さんの正式名称を諳んじられるとこが大変に解釈一致で嬉しかったです(笑)
1ページ目の終わり方が本当に素敵で、ああ…と余韻に浸りながら次ページに来ると、まさかのというか待ってましたというかで、声出して笑ってしまいました(笑)
長義さんのコスプレ写真、私のTLにも流れてこないかな!!と思いましたが、実弦さんは多分ツイッターじゃない媒体でバズってますよね(笑)
あ、でも細やかに抜け目なさそうな彼女だから、ちゃんとツイッターでも有名人かもですね!
映画見てパンフレット読み終えて、くらいの、まだちょっとふわふわしてる状態でこのお話を拝読できたのは、長義さんと各務さんのお別れのシーンを重ねて堪能できた気分で、とても幸せな気持ちでいます。
素敵なお話を、本当に本当にありがとうございました!!
よろしければまた、次の作品も楽しみにさせていただけたらなと思います。