白山吉光にはわからない/紗々 - 2/5

「ママ、はっくんとおさんぽいってくるね!」
いつもの猫のポシェットにお菓子や絆創膏をしまいながら、白山の仮の主はニコニコして母親にこれからの予定を告げた。
食べ終えた昼食の食器を洗う母親も、ニコニコと彼女に「いってらっしゃい」と言葉を返す。
「ハク君が一緒にお出かけしてくれると助かるわ。いつもありがとうね」
「…はい」
時間遡行した先で姿を見られた事により思わぬ歴史の改変とならないよう、刀剣男士には人間の認識を変化させる力が与えられている。その力によって、白山は仮の主の家族から「少女の兄のようなもの」として認識されていた。
そんな見せかけの兄妹ふたり分の水筒をわざわざ用意してくれた母親に礼を言い、少女に上着を着せた時だった。
強大な力を感知した白山がバッと顔を上げる。尋常でない様子を感じ取ったのか、少女が不思議そうに白山を見上げた。
「はっくん?」
少女の小さな声を掻き消すかのような「それ」は、音もなく質量もなく、しかし一瞬のうちに白山達の身体をぶわりと抜けていった。
ガラン、と音がしたのは台所だ。ふたりの視線が音の方へ自然と動く。
そこには、洗剤の泡に塗れた手も厭わず呆然と佇む少女の母親がいた。
嫌な予感を覚え、白山はそっと台所へ足を向ける。
恐々と着いて来た少女は、台所へ入ると白山の後ろから飛び出して母親の足に抱きついた。
「ママ!」
反応はなかった。
心ここに在らず…我が子への関心も、人間が本来持っているはずの感情も、念いや心が完全に抜け落ちてしまったように。
その「人間であったもの」はただそこに立ち尽くしていた。
「ママ…どうしたの…!?」
幼い子供の丸い瞳に瞬く間に水の膜が張る。
白山はしゃがみ込み、そっと少女の肩に手を置いた。その腕を伝い移った狐が、寄り添うように頭を少女の頬に擦り付けていた。
「強大かつ正体不明な力の襲来を察知しました。恐らく母君はその力により心神を喪失したものと思われます。この事態の解明のため、これよりわたくしは戦場へ参らねばなりません。
あるじさま、」
白山の呼びかけに、幼い子どもはゆっくりと振り返った。
潤んだ瞳に少し歪んだ白山の姿が映る。
「この異変を正すため、わたくしと共に来てくださいますか」
「…はっくんといっしょにいったら、ママはもとにもどる?」
「そのために、わたくしはこの時代へ来たのです」
「………いく!
はっくんといっしょに、ママをたすける!!」
いつの間にか水の膜をなくした丸い瞳には、強い意志が確かに宿っていた。

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