白山吉光にはわからない/紗々 - 1/5

「あるじさま」
白山が呼びかけると、砂場にしゃがみ込んでいた幼女がくるりと振り向いた。くりくりとした丸い瞳に、白山の姿が映る。
「5時まであと10分46秒です。鐘が鳴る前に帰宅しましょう」
「はーい!」
行儀の良い返事をした子供がスコップや型抜きの型をピンクのバケツにガチャガチャと放り込む。
立ち上がり駆け寄って来た子供の砂まみれの服をはたこうと白山が屈むと、それまで肩に乗っていた狐がふわりと子供の頭に飛び乗った。
白山の手の動きに合わせて、薄桃色のスカートからパサパサと砂が落ち、斜めがけされた猫のポシェットが振動に合わせて忙しなく跳ねる。
「帰りましたらしっかり手を洗いましょう」
「うん!はっくんもつーちゃんもいっしょにおててあらおうね!」
屈託なく笑う少女が、迷いなく白山の手をぎゅっと握った。白山も躊躇いながら少女の手をそっと握り返した。
「つーちゃん、きょうのごはんはなんだろうねぇ」と自分の頭の上に鎮座する白狐に話しかける、年端もいかぬ少女。
この少女こそが、単独でこの時代にやってきた白山の「仮の主」であった。
2012年、東京。
時間遡行軍も手を出しにくい近現代であるはずのこの時代に、時の政府は大規模な敵の介入を察知したという。
当然政府も対抗を試みたが、その為にこちらが大軍を送り込んだせいで歴史が変わってしまえば元も子もない。また、時が近しい過去のせいか、そもそも男士を送る事自体がひどく難度の高いものとなっていた。
苦渋の策として、政府は複数の有力な本丸より男士を一振に限り派遣させ、また男士の顕現を安定維持させる為に、その時代の人間を「仮の主」として共に行動する事とした。
その依頼を受けたとある本丸の審神者が選んだ一振が、この白山吉光だ。
白山吉光にはわからない。
なぜ主は白山を選んだのか。
なぜ仮の主にこのような幼い子供が選ばれたのか。
(わたくしは、決して戦闘が得意ではありません。人の世の理にも、あまり明るくはありません)
白山は己をそう理解しているし、恐らく周りのものもそう思っているだろう。数多の戦力から一振のみを出すのであれば、もっと武功に優れたものを選ぶべきだし、近現代という特殊や時代に送られるのであれば、もっと人の世に馴染みやすい性質のものを選ぶべきだとも思う。
(与えられた命令は、勿論、実行します。が、しかし…)
白山の仮の主となった人間は、白山以上に荒事から遠く離れた存在。ようやく善悪の分別がつき始めるような、何も知らない子どもだった。
「ねぇはっくん」
「なんでしょうか」
「なんではっくんはわたしを「あるじさま」ってゆうの?」
「それは、今この時において、あるじさまがわたくしの主だからです」
「わたし、あるじってなまえじゃないよー!ねぇ、つーちゃん?」
何故だか少女に懐いているように見える白狐は、少女の声に僅かに首を傾げる。
夕暮れの帰路を歩きながら、白山は改めて己が遣わされた戦場の難しさと、こんなにも平和な時代に目をつけた敵の狙いに思考を沈ませた。

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