結局その晩は明石さんを家に泊めることになった。友達が来た時用の寝袋を出したら大層気に入った様子で「うちの本丸に持って帰る」と言い出したのでそれは丁重にお断りした。
俺もサッと汗を流して布団に入った。明石さんの希望で明日は朝から都心のほうに向かうことになる。ソコーグンが大量に出るとの情報があり、俺も着いて行って明石さんが戦えるように近くから念じればいいらしい。土曜日でよかった。帰ったら布団に掃除機もかけよう。
あれ、さっきの路上みたいに寝てるところを襲われたりとかしないのかな、と一瞬思ったけど、床で寝袋で転がってる明石さんの方向から「ほぉやすみぃ」というあくび交じりの声がしたあと、急に眠くなってそれから先は覚えていない。
翌朝は快晴だった。
起き上がると明石さんはベランダに出て外を眺めていた。大して眺望が良いわけではないが、日当たりも良いし視界は開けている。この時代には滅多に来れないというから、珍しいものでもあったのだろうか。
「おはようございます。何か気になるものありましたかね」
「ん~、いや、何となく?」
俺に気づいて肩をすくめて居室に戻る明石さん。
「みんなこの時代を生きとるんやなあって。子供の声がして、鳥が鳴いて、鉄の塊を動かして働いてる音がする。何でもない一日を生きとる。ええことやん」
俺はふうん、と返事をして着替えを始めた。
「こういう何でもない一日を守るのが、自分ら刀剣男士の仕事ですわ」
着替えの手が止まった。ふと明石さんを振り返ると、明石さんはベランダの先を眩しそうに見ていた。
<…次は渋谷、渋谷、終点です。両側のドアが開きます。お忘れ物の無いようご注意ください…>
開いたドアから改札のある一方向に歩き出す人の流れ。夏になればこのホームは使われなくなるという。若い頃はよく遊びに来ていたが、そう言われるとしみじみと屋根を見上げてしまった。
「こら前見て歩かんとコケるで」
「わ、すいません」
そこそこ高い位置から背中を叩かれた。いや、仮にも主なんじゃないのか?雑じゃね?
明石さんは170㎝そこそこの俺が見上げるぐらいだからめっちゃめちゃ背が高い。それに顔がいい。それで胸元をすっごい広げてある。ものすごく目立つ。渋谷どころか電車に乗ったりしてもいいのか?そもそも刀持ってるから職質とかされるんじゃないか?って心配したら、「軽~くおまじない掛けとるだけ」って言われた。それって大丈夫なんだろうか。
でも本当におまじないとやらが効いてるようで、電車に乗ってもスクランブル交差点を歩いてても、誰も気にしていなかった。そういうもんなんだなあ。
「……なんやねん、その顔」
「え?いや、本当にその、神様なんだなって」
「エェ今!?今です!?自分ごっつかっこええ登場の仕方しましたやろ!?あんさん庇ってカチーンてやったやん!?あの時点ですごい神様やとか思ってくれはっても」
「煎餅食い散らかしてる印象ぐらいしかないっスねぇ」
さっきの背中ひっぱたかれたし返しだ。あっはっはと笑いながら公園通りを北に進む。
静かだな、とふと気づいた。
晴れた土曜日の昼間の渋谷。とんでもないほど人通りが多いはずで、あちこちから声がするはずだった。少なくとも、俺が渋谷に遊びに行ってた時はそうだった。
人は確かに多かった。だが、よく見たら動いている人はいなかった。
はっとして、思わず明石さんを見た。黄緑とも、赤茶とも見える不思議な瞳が、大きく見開かれていた。
「あんさん!!!」
明石さんの声と同時にすごい勢いで頭を掴まれて地面ギリギリまで伏せられた。頭の上を何かが通り過ぎる音とわずかに風を感じた。顔を上げると、もう明石さんは刀で何かを斬っていた。
ヘビの骨みたいなやつが空中で分解して、金切声を上げて黒い粉になって消えていくのが見えた。
「明石さん!」
「来よったで!自分について来ぃ!」
慌てて明石さんの背中を追いかけて走った。人々が立ち尽くしているので走りにくい。スクランブル交差点の方から昨夜聞いた『それ』の声がするが、しかし向かっているのは反対方向だ。
「ちょっと明石さん!あっちじゃないんスか!!」
「あっちは任しといてええ!これ以上あっちに流れ込まんよう足止めすんねん」
「な、なるほどぉ!」
大きなレコードショップのビル前あたりで明石さんは立ち止まった。そこそこの距離走ったのに息切れしていない、俺は膝に手をついてゼェゼェ呼吸を整えているというのに。
「そのへんに隠れとってください!」
そのへんってどこだよ!って思ったけど、明石さんはすぐに刀を構えて飛びあがった。代々木公園の方面から次々とあの黒い奴らが走ってくるのが見えた。明るい時間帯で見てもめっちゃくちゃ怖い。二倍ぐらい背丈のあるでっけえ刀背負ってる鬼もいる。
明石さんあんな細い刀でどうやって戦うんだろう、って必死で目で追ってたら、そんなでっけえ鬼もあっさりと斬ってしまっていた。ていうか、足はっやい。なんだあれ。さっきもしかして俺に合わせて比較的ゆっくりめに走ってた…?
明石さんがすごい勢いでなぎ倒していってるけど、黒い鬼のような奴らは一向に減る気配がない。どんどん湧いている気がする。だんだん明石さんの動きが鈍くなってきたように見えた。俺はどうすることもできず、ただ明石さんが戦っているところを見ることしかできなかった。もどかしい。助けたい。どうしたらいい。
比較的近くで金属音が響いた。振り返ると黒い鬼が、緑色の服を着た背の高い男に弾き飛ばされていた。男が持っているのは…槍か?
「危なかったなあ、大丈夫か?」
こちらを振り返った男は人の好さそうな笑顔で俺に手を振った。俺は頷いたと同時に、このヒトも多分トーケンダンシという奴なんだろうな、と思った。明石さんほどの美人ではないけれど、確かにイケメンの部類だった。
「あ、あそこの明石の仮の主ってやつか?丁度良かった!加勢してくるからうちの仮の主を見ててくんねーかな」
そういって背の高い男は、物陰から女の子を呼び寄せた。二つ結びの小学校低学年ぐらいの女の子は俺に向かってこんにちは、と頭を下げた。
「おてぎね、さっさとかたづけてきて」
「おう、任せとけ」
礼儀正しい子だな、と思った直後に背の高い男に淡々と指示をする姿にちょっと戦慄した。女ってこわい。おてぎねさん、笑ってるけど。
おてぎねさんはタイミングを見て明石さんの所に近寄り、二言三言何かを話して、そのまま背中合わせで槍を振るいはじめた。息が合ってる。多分所属するホンマルは違うんだろうけど、いいコンビになれそうだな。
しばらくは優勢が続いていたようだが、やはり数が多いようだ。おてぎねさんも疲れてきたように見える。明石さんはもうずっと肩で息をしている。他に助けてくれそうなトーケンダンシさんは居ないだろうか。思わず左右に目を凝らしたが、あちこちの交差点で同じように黒い鬼と戦っている、カラフルな髪や衣装のヒトたちを見た。一緒に戦ってる仲間がいっぱいいる。でも皆手一杯のようだ。足りない。ではどうしたらいい?
ガキン、と音がしておてぎねさんの槍が弾かれた。体制を崩してよろける隙に、ヘビの骨みたいな奴が一匹おてぎねさんの右腕に噛みついた。おてぎねさんは槍から右手を離してしまった。危ない!
「おてぎねえええええ!!!がんばれえええええ!!!!」
隣にいた女の子が、身体に似つかわしくないほどの大声で叫んだ。
一瞬驚いたおてぎねさんが、右手でガッと槍を掴みなおした。おてぎねさんは笑っていた。
俺もなにか、伝えなきゃ。明石さんに。
明石さんは背中を向けていてこちらを見ていない。でも、伝えたかった。
スゥ、と大きく息を吸い込んだ。
「明石国行イイイ!!!!!!負けるなああああああ!!!!!」
明石さんが頭上に掲げた左手が、ピースサインを作った。
ハーーー好きです!!好きです!!
明石国行と30代独身男性の組み合わせのしっくり加減、理想の形がここにある……!
映画のスクランブル交差点で固唾をのんで人間たちが見守っている光景、誰が「がんばれ!!」と言い始めるのか待っていたのを思い出しました!!
代弁ありがとうございます!!!!
明石の一挙手一投足がまさに明石で!
仮の主さんのツッコミも含めて、楽しく読ませていただきました!!
あと、すみません、お忙しいとは思うのですが・・・!
御手杵とお嬢ちゃん主の詳細も、読んでみたいです!
明石さんのそういうところ!!!!と思いながら読みました。サラリーマンと明石の組み合わせ、エモ!!
笑った顔が似てると思う明石…😇ちゃんと主のことが好きなんだね!!
お煎餅がこんなにエモな伏線になるなんて!
最初から先祖だって分かって行ってるくせに、誰でも良かったとかいうところ、大好きです!
ご隠居さま〜!ありがとうございます!
一番最初に思いついたのが涅槃像のポーズで煎餅かじってる明石だったのですが、そこから膨らませたらこうなりましたwww
明石国行!! 明石国行をありがとうございます!!!!
生きている人を、何気ない日々を守る明石国行に大変ニコニコしました。好きです。
途中出てきたちび仮の主ちゃんも大変可愛らしくて、御手杵くんと並ぶと身長差がえぐそうだなぁって微笑ましくなりました
ありがとうございます明石国行はいいぞ!!!
あの渋谷にもし推し男士が出陣したらどう戦うだろうか?と考えながら勢いにまかせて書かせていただきました!御手杵とちびちゃんサイドの話もいつか書けたらいいなあと思ってます。
お疲れ様です!! 読み応えのある素晴らしい小説でした~~~!
すごい!! 色々とすごい!! そうそうこういうのこういうの!!
ありがとうございます! 非常に助かります!!
五億年ぶりにテンションに任せて書きました!
公開の場を作っていただいてこちらこそありがとうございます!