消える想いと消えない思い出 / 美遊 - 2/5

 

 ここまでの話を誰かに話したかったが、誰にも信じてもらえそうにないのでやめた。何せさっきスマホを落としてしまったせいでカメラレンズが割れている。これでは証拠が撮れそうにない。
そもそも30代独身男性の玄関先ですげー美人のお兄さんが傷だらけで座り込んでいる状況、どう説明したらいいかわからない。ていうか生きてるのか?救急車呼んだほうがいいか?いやでもたぶん、このお兄さんは俺たちのような人間じゃないと思うけど、そんなファンタジーなヒト?を日本の医療機関で診てもらえるのか?
項垂れるお兄さんに「あの、とりあえず俺んち着いたんですけど、救急車とか呼びますか?」と声をかけた。スマホは充電器に差したところなので電話できるまで多分もう少しかかるけど。
お兄さんが顔を上げた。CGでもこんな美人見たことねえな、と思ってたら、お兄さんが血の気の無い顔でフッと一瞬笑った。
「ほいたら、よろしゅうたのんますわ」
そう言って、お兄さんの輪郭が急に発光しだした。あっという間に、目の前の床にガランと音を立てて細長い太刀が落ちた。…えっ?

恐怖とかそういうのより、好奇心が勝った。恐る恐るグリップ部分を両手で持つ。ゲームとかテレビの時代劇とかで見たことはあるが、刀というものを持ったのは初めてだ。
思ったより軽い。そのまま持ち上げて、刃の部分をよく見ようと傾けた。白っぽい部分はまっすぐではなく、ゆったりと曲がっている。うちにある包丁よりギラついててすげー切れそう。こんなに細くて折れそうなのに刃の反対側に溝がある。小学校で使った竹の30㎝定規にこんな溝あったな、とぼんやり思った。溝の根本に丸い爪みたいなものがあるんだな。

鏡のような輝きの中に俺の顔が映った。が、ぼやけたと思った瞬間あのお兄さんの綺麗な顔がうつった。驚いていると暑い日に飲んだ水みたいに、声が身体に入ってくる感覚があった。

――呼んでもらってもええでっしゃろか。

誰を、と問う前に、勝手に声が出た。

「あかしくにゆき」

 

狭いワンルーム、六畳の部屋一面に淡いピンク色の吹雪が吹いた。
驚いて刀を取り落としたが、落としたはずの刀は黒いブーツのつま先に変わった。そのまま頭のてっぺんまで桜吹雪と共に形成されていく様は、日曜朝にやってる女の子向けアニメのようだった。

「どうも、すいまっせん。明石国行言います。どうぞよろしゅう」

先ほどまで腹から血を流して死にそうになっていたお兄さんは、傷1つない綺麗な顔で俺を見下ろして涼しげに笑った。

 

「……つまり、えーと、明石さんはすっごい未来から来てる神様で、でもこの2012年で仕事するために全然パワーが足りなくて、たまたま明石さんのピンチの時に近くにいた俺の力を借りた、と」
「そゆことー。あんさん物分かりええから助かりますわぁ」
すげー美人の人間じゃないお兄さん、改め明石さんは今、俺のベッドに横たわって大袋入りのお煎餅をバリバリ食べている。どう見ても休日のお爺さんじゃねえか。ていうか布団で粉落ちるもん食うな掃除大変だろうが。なんなんだこのヒトは。ヒトじゃないけど。

明石さんからのファンタジーすぎる説明を受けても、あまり動じなかった。というか、あんなよくわかんないものに襲われたら、それも受け入れてしまえる。
「でも何で俺なんですかね?さっき言ってた神主の家系とか、有名な武将の血筋とか、エスパー能力があるとか、全っっ然そんなことないんスけど」
首をひねりつつ、カップラーメンを啜った。飲み会でつまんだ程度じゃ腹は膨れない。
明石さんはパキッといい音を立て、暫く咀嚼してから飲みこむ。
「たまたまそこ居ったからやろ。知らんけど」
「知らんのかい」
「お~お~ツッコミがお上手~。まぁゆーて、自分らやアレの姿見えとる時点で波長ゆぅもんが合っとるのかもしれまへんな。あんさん審神者向いとるかもしれん」
「サニワ……」
先ほど明石さんから説明を受けた、明石さんのいわば現在の上司。普段はいろんな時代に一緒についていくそうだが、この時代は干渉が多くてトーケンダンシと呼ばれる明石さんみたいなヒトを一振送り込むのがやっとだそうだ。
そして今現在、敵側の大量攻撃がこの時代に向けられたため、そうやって一振ずつ、あるいは少数精鋭だけで対応しなければならないという。さっきの敵の比じゃないだろうな。あの量で手負いになってた明石さん、一振で大丈夫なのだろうか?
「怪我、もう大丈夫なんですか?」
「いやーおかげ様でぇ、あんさんが仮の主はんになってくれはったおかげで元気モリモリですぅ」
食べかけの煎餅を持ったままムン、と腕を曲げてみせた。とてもじゃないがどこに筋肉があるかわからないぐらい細いので俺は「そっスか」と呟くので精一杯だった。

 

カップラーメンを片付けていたら急に明石さんが起き上がり、ベッドの上でスッと背筋を伸ばして正座する形になる。
「ほんで仮の主はん、折り入って1つ頼まれてほしいんですけど」
「えっ、は、はい」
あまりの急さに俺もびっくりして正座して向き合った。
何だろうか、俺も戦えとかそういうこととか、さっき言ってたトキノセーフのなんちゃらに行けとかそういう……

 

「お煎餅のおかわり、もろてもええです?」
「そこに無ければ無いですね」

 

 

8件のコメント

bonto_sl

ハーーー好きです!!好きです!!
明石国行と30代独身男性の組み合わせのしっくり加減、理想の形がここにある……!
映画のスクランブル交差点で固唾をのんで人間たちが見守っている光景、誰が「がんばれ!!」と言い始めるのか待っていたのを思い出しました!!
代弁ありがとうございます!!!!

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くれは

明石の一挙手一投足がまさに明石で!
仮の主さんのツッコミも含めて、楽しく読ませていただきました!!
あと、すみません、お忙しいとは思うのですが・・・!
御手杵とお嬢ちゃん主の詳細も、読んでみたいです!

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隠居

明石さんのそういうところ!!!!と思いながら読みました。サラリーマンと明石の組み合わせ、エモ!!
笑った顔が似てると思う明石…😇ちゃんと主のことが好きなんだね!!
お煎餅がこんなにエモな伏線になるなんて!
最初から先祖だって分かって行ってるくせに、誰でも良かったとかいうところ、大好きです!

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美遊

ご隠居さま〜!ありがとうございます!
一番最初に思いついたのが涅槃像のポーズで煎餅かじってる明石だったのですが、そこから膨らませたらこうなりましたwww

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匿名

明石国行!! 明石国行をありがとうございます!!!!
生きている人を、何気ない日々を守る明石国行に大変ニコニコしました。好きです。

途中出てきたちび仮の主ちゃんも大変可愛らしくて、御手杵くんと並ぶと身長差がえぐそうだなぁって微笑ましくなりました

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美遊

ありがとうございます明石国行はいいぞ!!!
あの渋谷にもし推し男士が出陣したらどう戦うだろうか?と考えながら勢いにまかせて書かせていただきました!御手杵とちびちゃんサイドの話もいつか書けたらいいなあと思ってます。

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謀叛人もどき

お疲れ様です!! 読み応えのある素晴らしい小説でした~~~!
すごい!! 色々とすごい!! そうそうこういうのこういうの!!
ありがとうございます! 非常に助かります!!

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美遊

五億年ぶりにテンションに任せて書きました!
公開の場を作っていただいてこちらこそありがとうございます!

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