消える想いと消えない思い出 / 美遊 - 1/5

 

 おそらく、俺は酒に酔っていた。

同期が張り切ってたプロジェクトが成功して報奨金が出たとかで、暇なら来いよと連れてこられた宴席の隅っこでちびちびとハイボールを飲んでいて、二次会に行く奴らを見送ってそのまま通勤電車に揺られて家路についていた。
改札から出て15分、視界の片方は小学校のグラウンド、もう片方は静まり返った露地栽培の畑。申し訳程度の古い蛍光灯がぽつりぽつりとあるが、道はほとんど真っ暗だ。そこを抜ければ俺のアパートがある。くたびれたスーツに煙草の匂いが移っているのに気づいて、クリーニング出すのも面倒だな、と大きなあくびをしたところだった。

急激に寒気がした。本能というやつがあるならば、それが『この先に行ってはいけない』と警告しているようだった。俺は、確かに俺は、目の前で黒い煙のような『それ』がゆれているのを見た。
十数メートル先、蛍光灯の光がわずかに掛かるあたりで、『それ』がみるみる広がり縦に伸び、俺の身長かそれより大きな形で現れた。そう表現するしかなかった。
それも1つだけじゃない、3つ、8つ、……あとは数えてない。車がすれ違えるかどうかの狭い道の横幅いっぱいに、『それ』が蠢いた。

なんだこれ。カメラに収めようとそっとジャケットのポケットからスマホを取り出した、が、画面は真っ暗だった。しまった電池切れ!最近ハマりだしたパズルゲームを飲み会でも電車の中でもやりすぎたせいだ。ガラケーの時代だったら予備バッテリーもあったのに!
電源が入らないことに慌て、俺はスマホを落とした。ガチッと嫌な音がした。うわやっべ!割れた!素早く拾ったが、ひっくり返せば見事なくもの巣。2年契約縛りの買い替えに半年以上あるんだが!?ハァ~とため息をついてふと気づいた、

『それ』からの無数の赤い光の点が、全部俺に向けられていた。

ぞわ、と肌が粟立つ。ア、ともウ、ともつかない、聞いたこともないような不快な音を発して、『それ』の先頭にいたものが赤い光を灯したままゆらゆらと近づいてきた。ヒトのような形だけど、鎧?肩からなんか出てるし、手に…何だあれは、何か長いのを持っている。やべえやつじゃん。逃げなきゃじゃん。おい。動けよ。何してんだよ俺。びっくりしすぎて動けなくなってんじゃん。声も出ねえわ。やべえって!
何とか一歩後ずさったが、途端に膝から崩れ落ちてその場にへたり込んでしまった。30過ぎのおっさんが腰ぬかしてる場合か。『それ』は俺が動けなくなった途端、急に速度を上げて向かってきた。金属音みたいな奇声をあげながら、長いものを振りかざしてきた。『それ』の頭らしき場所に昔の格闘ゲームで見た鬼のような、それよりもっと恐ろしい顔が見えた。咄嗟に両腕で頭を覆って防御姿勢を取った。

はずなのだが。

澄んだ音がした。俺を襲ってきた『それ』は俺の反対方向によろめいた。俺と『それ』の間に何かが立っていた。

 

「ちぃーっとお客さん多すぎでっせ、もう店じまいやで」
高い位置から聞いたことのない声がした。見上げるとはるか先にヒトの顔が見えた。『それ』に襲われて以来初めてヒトを見たので俺は少し安心した。
だがそのヒトは肩で息をしていた。横顔はすげー美人だけど、傷がいくつか見える。右手で左脇腹辺りをおさえていた。そして左手に、剣……いや、モンスターを狩るゲームで使ったことがある。太刀だ。それを持っていた。蛍光灯の光で太刀がキラキラ光っていた。
すげー美人のヒトは一瞬だけ俺を見た。長い前髪とメガネ越しの目が異様に光っていた。舌打ちしたように聞こえた。オイ失礼だぞ。
そのまま『それ』を見たそのヒトは、俺に向かって右手の掌を見せた。血がついていた。そして人差し指を下に向けて2度叩くように動かした。STAY、ということか。俺の返事を聞くまでもなく、そのヒトは予備動作なしに高く飛びあがって『それ』の集団に飛び込んだ。あーなるほど、人間じゃねえんだな……。

数秒なのか、数分なのか覚えてない。『それ』がいた場所に、そのヒトは立っていた。立っているのがやっとという感じで、先ほどよりグラグラ上半身を揺らしながら、足元に転がっていた『それ』に太刀をぶっ刺した。途端、『それ』は粉のように壊れて消えてなくなった。最後の『それ』が消えた途端、フゥーと大きく息を吐いたそのヒトが倒れこんだ。

……おそらく、俺は酒に酔っていた。
自分より背の高いヒト……ヒトじゃないこのお兄さんを背負ってアパートの階段を慎重にのぼりながら、そういうことにした。

 

8件のコメント

bonto_sl

ハーーー好きです!!好きです!!
明石国行と30代独身男性の組み合わせのしっくり加減、理想の形がここにある……!
映画のスクランブル交差点で固唾をのんで人間たちが見守っている光景、誰が「がんばれ!!」と言い始めるのか待っていたのを思い出しました!!
代弁ありがとうございます!!!!

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くれは

明石の一挙手一投足がまさに明石で!
仮の主さんのツッコミも含めて、楽しく読ませていただきました!!
あと、すみません、お忙しいとは思うのですが・・・!
御手杵とお嬢ちゃん主の詳細も、読んでみたいです!

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隠居

明石さんのそういうところ!!!!と思いながら読みました。サラリーマンと明石の組み合わせ、エモ!!
笑った顔が似てると思う明石…😇ちゃんと主のことが好きなんだね!!
お煎餅がこんなにエモな伏線になるなんて!
最初から先祖だって分かって行ってるくせに、誰でも良かったとかいうところ、大好きです!

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美遊

ご隠居さま〜!ありがとうございます!
一番最初に思いついたのが涅槃像のポーズで煎餅かじってる明石だったのですが、そこから膨らませたらこうなりましたwww

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匿名

明石国行!! 明石国行をありがとうございます!!!!
生きている人を、何気ない日々を守る明石国行に大変ニコニコしました。好きです。

途中出てきたちび仮の主ちゃんも大変可愛らしくて、御手杵くんと並ぶと身長差がえぐそうだなぁって微笑ましくなりました

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美遊

ありがとうございます明石国行はいいぞ!!!
あの渋谷にもし推し男士が出陣したらどう戦うだろうか?と考えながら勢いにまかせて書かせていただきました!御手杵とちびちゃんサイドの話もいつか書けたらいいなあと思ってます。

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謀叛人もどき

お疲れ様です!! 読み応えのある素晴らしい小説でした~~~!
すごい!! 色々とすごい!! そうそうこういうのこういうの!!
ありがとうございます! 非常に助かります!!

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美遊

五億年ぶりにテンションに任せて書きました!
公開の場を作っていただいてこちらこそありがとうございます!

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