「何を馬鹿な」
「AIではなく、物にある感情?そんなの幽霊じゃないか」
「これまで素晴らしい研究をなさってきた先生が……とうとう気でも触れたんでしょうか」
「ここは科学の話をする場です。宗教と信仰の話は別の場所でしなさい」
『粒子変動の観測による物の心の励起―物の心を、科学で解き明かす―』
物理学の学会でもとりわけ奇抜なこの演題は、良くも悪くも注目を浴びた。
発表者は物質エネルギー分野で長年研究を行い、多くの実績ある研究を為してきた初老の男だった。
「岩倉博士」
「おや、お蘭ちゃん…では、もうないのだったね」
「いやですわぁ、ウン十年前の名前で、まだ呼んでくらはるん、岩倉博士くらいや」
そこに現れた着物を着た女性は、注目の的である教授に気さくに話しかけ、ますます二人の周りだけが異質な空間となっていた。
「『博士』は、僕の呼ばれるべき名前ではない気がするんだがね」
学歴として間違いではないのだが、それでもなにか、そう呼ばれることに引っかかるものが昔からあった。
「じゃあ、岩倉はん。素晴らしい発表でした」
「……そんな風に言う人は、ごくわずかだろう」
「それでも、間違ってるとは、思ってはらへんのやろ?」
「そう……だね。不思議と、なにか確信に近づいているような気さえする。私自身、頭がおかしくなったのではないかと思うこともあるんだがね」
苦笑いを浮かべる岩倉に、お蘭と呼ばれた女性は小さく首を振った。
「ところでお蘭ちゃんは、なんで学会に?」
「酒造に講演依頼があってな。仕事の一環、にかこつけて、岩倉はんの発表を聞きに」
「それはそれは、光栄だ。お蘭ちゃんこそ、酒造の女社長としてすこぶる有名じゃないか。私も君のところの甘酒にはお世話になっているよ」
「ふふ、御不動様の御利益やろか」
古い知人である二人は、しかし互いにどこで知り合ったかなんて、そんな昔のことをもう、覚えていない。
それでも確かに、何かを共有し、未来に繋ぐ何かを担っている『同業者』だと感じるのだ。
彼らの世代が未来に向けて進めたわずかな一歩は、子の代、孫の代と受け継がれていくだろう。
彼らが『あの日のこと』を思い出すことが出来なくても、彼らには何かが残っており、そしてその未来は着実に、『彼ら』へつながっていくに、違いない。
クレバーで生き生きした先生と岩倉くんコンビも不動くんとお蘭ちゃんコンビも素敵でした!遡行軍襲撃本番に仮の主以外気付かない見事な作戦と未来の岩倉くんとお蘭ちゃんの交流まで素晴らしいお話を読ませていただきました。