「名残惜しいが、そろそろ戻らねば」
寮の部屋に戻った朝尊と岩倉は、お蘭から土産にもらった甘酒を飲み交わした。
どちらも下戸なので、本来なら手の届かない清酒が飲めなかったことが、ささやかな後悔だ。
「岩倉くんには世話になったね」
「いや、こちらこそ。『本番』前に実験させてもらえて、ありがたいくらいや」
岩倉がそう言いながら撫でた大判の紙は、朝尊が初めてこの部屋に来た時に岩倉が書き殴っていた、設計図だった。
本来、学校祭までに仕上げる予定だったこの『発光装置』が朝尊の目に留まり、二徹で二人で作り上げた試作品が、さきほどの『一条戻の百鬼夜行』で大成功を収めた発光装置だったのだ。
「でも、まだまだ試作段階。やりたいことが見えてきたから、もっと頑張らな」
そう言って岩倉は、へにゃりと笑った。
その瞳は輝きを灯していた。
その瞳はまるで、立て看板を見つけて目を輝かせた朝尊のそれにそっくりだった。
「そうそう」
よいしょと立ち上がる朝尊に合わせて岩倉も立ち上がると、朝尊が何かを思い出したように岩倉へ問いかけた。
「君の名は、岩倉友高と言ったね」
「今さら?笑。そうやけど」
「ひとつ、面白い話を教えてあげよう」
「え、……怖ないやつ?」
「ふふ、あぁ、『怖ないやつ』だよ」
「そ、そか。なら聞くわ」
ホッとした様子で顔を上げた岩倉を、朝尊は愛おしげに見つめた。
「僕の仮の主が、君であることは、偶然ではない、必然性があったのだろうね」
「……所縁があった、ってこと?」
「ああ。僕は南海太郎朝尊。
それは刀の名前であり、僕という刀を打った刀工の名前だ。しかしね、刀工の名前とは、人間の本名とは限らないのだよ。この時代で言う、芸名というやつに近い」
「本名が、別にある?」
「あぁ。彼の本名は『森岡友之助』だが、他に『友高』とする書物もある」
「友、高。って、俺と同じ」
「それに、君の苗字。岩倉は、刀工・南海太郎朝尊が没した、最後に刀を打ち、剣術を教えた土地の名だ」
「岩倉って、京都の北の方にある岩倉?」
「刀剣男士が今回、この出陣でこの時代に顕現するにあたって、仮の主を必要とする、とは最初に伝えたがね、だからと言って、誰でもいいというわけではないのだよ」
例えば、物の声が聴こえる者
霊的な存在に敏感な者
神職や仏門など神や妖に近しい者
その刀と深い所縁を持つ者
「そういった者でなければ、我々刀剣男士を見ることも出来ず、仮の主としてつながりを持つことも出来なかったはずだ。
岩倉くん、名前だけではなく、君と僕の刀工には、どこかで所縁があるのかもしれないね」
「……御先祖様、とか」
「そうかもしれないし、まったく刀工と所縁がなくとも、君の先祖が南海太郎朝尊の刀を握っていた、ということもあるかもしれない。それに関する歴史的資料が手元にないからね、その真実を探る時間もないけれど」
こんな曖昧な感情に確信を得ること自体、南海太郎朝尊にとっては初めての経験なのだが。
それでもこれは、確信に近かった。
初めて彼の背中を見た時、無事に戦場から帰還した後に出迎えた主の顔を見た時のような、安堵を感じたから。
「いつかまた、明日の、明日の、更に明日、遠い未来、また縁が紡がれるかもしれないね」
初めて岩倉が朝尊の名前を呼んだ時のように、桜の花びらが舞い始める。
それは次第に増え、広がり、朝尊を纏うほどになっていく。
別れの刻。
岩倉も直感的に、そう感じた。
朝尊は、本来の主のところに戻るのだろう。
たった三日間。されど普通の人では得ることのできない濃密な三日間。記録には残せず、きっと記憶にも残らない三日間。
「あの、俺さ!」
桜の花びらに視界が遮られそうになりながらも、岩倉はその姿を目に焼き付けようと、朝尊を見つめた。
「朝尊のこと、忘れても、忘れないから!」
これほど強く焼き付いた、研究心に火をつけた出来事は、記憶として忘れても、脳に焼き付いたこの存在を消すことはできないだろう。
「君の未来に、期待しているよ」
やわらかく笑った刀の付喪神は、最後にそう言って花吹雪の向こうへ消えてしまった。
クレバーで生き生きした先生と岩倉くんコンビも不動くんとお蘭ちゃんコンビも素敵でした!遡行軍襲撃本番に仮の主以外気付かない見事な作戦と未来の岩倉くんとお蘭ちゃんの交流まで素晴らしいお話を読ませていただきました。