その頃、南海先生は。/手鞠 - 7/9

それから二日後の夜。
予定通り『一条戻の百鬼夜行』イベントは開催された。
仮装行列というには精巧過ぎる面に衣装を着た老若男女、人間の行列が商店街の中を練り歩く。
それを観に来た地元の人は楽しそうに知人の晴れ姿ならぬ妖姿を写真に撮り、子供たちは怖がって泣き叫び、直前になって共催を提案してきたとある置屋から清酒と甘酒が配られ、例年以上に賑やかになっていた。

「ヒロやん、急にすまん」
「気にしないで、僕たちも元々参加する予定だったし」
岩倉が一緒にいるのは、同年代の男「ヒロ」。
同じ寮に住む友人で、何を隠そう二年前に出来たばかりの「京都妖同好会」の創設者だ。この百鬼夜行を知り、いかに怖ろしく、いかにリアルに、しかしそれでいていかに愛嬌を出す仮装をするか……。そのために授業をサボり、昼夜を問わず制作した被り物は、まさに知識と技術の無駄遣い。

「ふむ、なかなかの出来栄えだ」
さらに、満足げに頷く朝尊の手が加わったことで、瞳が赤く光り、骨骨しい鎧が追加されていた。
「博士!」
「僕は博士では……あぁいや、ここではそうだったのだね」
「?」
ヒロや広野サークル仲間たちには、最初の打ち合わせの通り朝尊のことを「博士」と紹介していた。この大学ではそんなあだ名はザラである。誰も何の違和感も持つことなく受け入れたこの現状に、朝尊は腑に落ちない心地だった。
「ん~悔しいけど、こんな素材、どうやって作ったんだろう…帰ったら成分分析を…」
(きっとその頃には、この歴史が消えてるか、その鎧自体が消えてるか、どっちか、なんやろなぁ)
遠い目をしながら岩倉は、ため息を吐いた。

「『木を隠すなら、森の中』と言うだろう。それならば、鬼を隠すには…そう、百鬼の中だ」

あの夜、朝尊はそう言った。

タイムパラドクスや、歴史への影響が起きないように、刀剣男士たちは極力人への干渉を避け、極力記憶と情報に残らないことが肝要だ。そしてそれは、時間遡行軍も同じ。自分たちの都合のよい未来に繋げるために、自分たちが歴史に残ってしまうことは不都合なのだ。

「ならば百鬼夜行は、絶好の機会と言える。人ならざる姿が溢れ、そこに人ならざる者が混ざっていたとしても、気付かれづらいからね」
だから『木を隠すなら森の中』。
朝尊は敵がこの百鬼夜行に乗じて仕掛けてくると踏んだのだ。

「僕は以前、時間遡行軍の残骸を転用した罠を作ったことがあってね。あの時は爆発だったが、今回は通りも狭い上、派手なことは記録に残ってしまう」
「そこで、囮?」
「ご明察だ」
ヒロやそのサークルのメンバーが身に纏う「骨みたいな甲冑」や「赤く光る目」は、何を隠そう、この二日間で不動が捉え、朝尊と岩倉が解体・再構築し、お蘭が衣類に付け合わせた、本物の時間遡行軍の残骸だ。
未知の物質に、最初は畏怖すら感じていた岩倉だったが、工学部である岩倉の設計と平成時代の技術は朝尊を驚かせた。

「それはわかったけど、危ないんじゃないか?」
少し心配そうな岩倉に、不動は不満げな顔で視線を向けた。
「俺たちが、人間と時間遡行軍を間違えるってぇ?」
「御不動様、そうやのうて、岩倉はんは、お友達のこと心配しとるだけやと…」
そこに慌てて、お蘭が間に入る。
「不動くんの言うように、それは心配いらない。僕達に、人は斬れないのだから」
不安は残るが、朝尊がそういうのなら、間違いはないのだろう。
「彼らがどのように仲間を認識しているかはわからないが、少なくとも害が及ぶ危険が上がる、ということはないだろうね」
襲うならば、それは無差別だろう。
その方が恐怖を植え付け、心の動揺を誘い、心の深い処にある拠り所が表在化しやすい。
きっと狙うのは、そこだ。
残骸はあくまで、出現場所と時間をあらかじめ絞るための誘導でしかない。むしろ残骸を身につけることで仲間と認識されれば、脅かされる危険は減るだろう。

「ほぉら、来た」
夜でもわかるほどの重い雲から、獣の唸り声のような雷鳴が聞こえてきた。雨は降っていない。人々は行列の賑わいで気にも留めていない。小さな横道から黒い影が行列に加わったとしても、妖の仮装としか思われていない。

「ひぇっ」
「岩倉くん、静かに」
朝尊に口を塞がれ、辛うじて悲鳴に耐えた岩倉は、その異質さに背筋を凍らせた。
「どこまで、増えるん?」
小声で話す岩倉の言葉に、朝尊は顎に手を添えた。
「ここまで、六振二編成と三振、端数とは考えにくい、どこかに三振、もしくはさらにもう一・二部隊潜んでいるというのが妥当か」
朝尊の見立てに岩倉は慌てて目線を左右に動かした。
「そんなにたくさん……博士と不動くんだけで、大丈夫なん……?」
「幸い、この一条通は狭い道だ。人に紛れるため、行列の中は打刀と太刀が中心。夜目も利きにくく動きも制限される。それに岩倉君とお蘭くんのチカラがあるからね」
「でも、成功するかどうか……」
なおも不安げな岩倉は、ふと違和感を捉えた。
ゆっくりと進んでいた行列が、乱れ始めたのだ。
「ゆっくり、進んでくださーい!」
「大丈夫かな、あの人、体調悪くなったんじゃ…」
一人、また一人と、行列の中で立ち止まる人が出始めた。呆然と立ち尽くした人を訝しみ避けながらも、賑わいはそのままに行列は前へ進んでいく。
「『気』が、変わらはった……」
お蘭が人混みをかき分けながら、朝尊の傍に並び囁いた。
「あれ、君の御不動様は?」
岩倉がきょろきょろと見回すが、ポニーテールの男の子は見つからない。
「私の、ではありゃしまへんけど…御不動様は、一本裏通で『お役目』をなさっとります」

「……お待たせ」
「うぉ!!?びっくりした!」
岩倉の隣に音もなく現れた狐面の子どもは、濃紫のポニーテールを靡かせた。
「首尾はどうだい?」
「短刀が三振仕留めたよ。偵察部隊はたぶん、これで全部」
「そうかね。ならばあとはこちらを倒して、任務完了だね。では岩倉君、お蘭君、よろしく頼むよ」
「お、おう」
「ええ」

先に動いたのは、お蘭だった。
着物の袂から取り出したのは、一本の龍笛。
口に添え、静かに瞼を閉じ、深く息を吸う。

低い音から始まった音色は、その場に染み渡るように広がっていき、高くまっすぐな音色は、空気を引き締め不浄を散らす。
その音は、まさに空に舞い立ち上る龍の鳴き声。

人間には百鬼夜行の演出にしか感じられないこの龍笛の音色が、この場の気を浄化し、その中に残る不浄の本質―時間遡行軍―の位置を明るくさせた。

「千年以上続く雅楽の音色だからね。鬼が酒呑童子というのなら、これ以上の術具はない」
朝尊が満足げに頷き、刀に手を添えた。

「さぁ、岩倉くん。君も存分に力を発揮したまえ!」

そう言った途端に飛び出した朝尊と不動は、行列の人並みを縫い、宙を舞い、敵へと刃を向けた。

「俺にそんな力、ないんやけどっ!」

岩倉はただの、人間だ。
千年超える楽器を弾けるような雅な力もないし、戦う体力もない。
「それでも、現代の技が通用するか、実験させてもらいましょ!」

彼が腰から垂れる二つの紐を引くと、背負う黒いリュックから唐突に霞が立ち上った。周りが火災か爆発かとざわつくが、その次の瞬間、百鬼夜行の行列の上まで広がった霞の中から現れたのは。

「オーロラ?」
「なにこれCG?」
「きれー!」

人々はスモークとライティングの演出と思っているようだ。
この二日間で、岩倉が朝尊から時間遡行軍の罠について学んだように、朝尊が岩倉から学び現代技術を活かして作ったのがこのオーロラ発生装置。
詳しい原理は……企業秘密だ。

その輝きは、まるで吉兆を知らせる瑞雲か、はたまた不吉を予言する赤気(オーロラ)か。
人々が上に視線が向き、行列の動きがゆるやかになる隙間を縫って、朝尊と不動は次々と時間遡行軍へ襲い掛かる。
時間遡行軍の咆哮も、龍笛の音色が重なり、時間遡行軍が消える黒霧もまた演出のひとつとなった。

こうして、南海太郎朝尊と不動行光は、京都に出現した時間遡行軍を撃退する任務を完遂。
さらに『一条戻の百鬼夜行』は予定外の特別演出に好評を博した。
写真に残る時間遡行軍の姿は記録に残りながらも仮装の一つと認知され、そこでの出来事は人の目に映りながらも都合よくすべてが「催し」と認知された。

人々の記憶には残るが、「刀剣男士と時間遡行軍の戦いの記録」は残らない、現代出陣としては最良の顛末だった。

件のコメント

匿名

クレバーで生き生きした先生と岩倉くんコンビも不動くんとお蘭ちゃんコンビも素敵でした!遡行軍襲撃本番に仮の主以外気付かない見事な作戦と未来の岩倉くんとお蘭ちゃんの交流まで素晴らしいお話を読ませていただきました。

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