その頃、南海先生は。/手鞠 - 6/9

「俺は不動行光、信長公に大事にされた刀なんだぞぉ」
「あぁ、だから信長、本能寺の縁で、君が京都に来たのか」
「どぉせ俺は、薬研の代わりだろぉ?…あいつは、焼けちまって本体の依代ないから、無理だったけど…あいつの方が、俺より…」「御不動様…」
捻くれては甘酒を煽る不動行光の隣に、気遣わしげに舞妓が手を添えていた。
「君は、不動くんの仮の主かね?」
「は、はい、置屋『柿の花』に居ります、舞妓のお蘭どす。よろしゅうおたのもうします」
その名に相応しく、お蘭がお辞儀をすればふわりと蘭の花の香りが鼻をかすめた。
「そうか…君も、名前の縁に惹かれたのだね」
「………ひっく」
不動は応えなかったが、彼の元主・森蘭丸の一字を持つこの舞妓の元に顕現したのも、やはり名の持つ力であるのだろう。
「えっと、俺は岩倉って言います。んで、お蘭ちゃんと不動くんは、なんでここに?」
「ここにいちゃ悪ぃかよぉ!」
「御不動様、カラミ酒はやめなんし」
「ちっ……」
「え~……」
困惑する岩倉に対し、お蘭は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

「いや、ちょうど良い処に来てくれた」
しかし朝尊は気にした様子もなく、目を輝かせた。
「君は舞妓だと言ったね?」
「そうどす」
「それならば、君の置屋でも、酒をもてなすだろう?岩倉くん、昨年の『一条戻の百鬼夜行』は、どのくらいの人数参加していたか、わかるかね」
「は?え、ちょっと待って、携帯で調べてみるわ。…えっとな、行列参加が百人ちょっと、あと観客人数に正確な数字はないけど、写真とかみたら、子供から爺ちゃんばあちゃんまで、結構おるよ」
「ふむ、ならば三百人ほどと見積もるとしよう。それだけの酒を、明後日の百鬼夜行が始まるまでに集めて、参加者にふるまってほしい。できれば、神社に奉納するような清酒で、頼むよ」
「そ、それは女将さんに聞いてみんと…」
と戸惑うお蘭だったが、朝尊はなにも問題ないと言った様子だ。
「君の置屋とは、実はちょっとした縁があってね……『御不動様が、鬼退治をなさる』と『南海先生の御刀さまが仰っていた』、そう伝えてくれれば、何も問題はないはずだ」
「ほ、ほんまどすか……?」

「でもさぁ先生、子供は酒呑めないだろぉ?」
「ふふ、だからこそ、不動くん、君がいたおかげで思いついたのさ。子どもや、下戸の僕のような大人には、甘酒を配ろう」
「でもよぉ、酒配って、どぉするんだぁ?」

不動の純粋な疑問に、岩倉とお蘭もうなずいた。

「……ふふふ、僕にひとつ、作戦がある」

南海太郎朝尊は、怪しい笑みを浮かべたのだった。

件のコメント

匿名

クレバーで生き生きした先生と岩倉くんコンビも不動くんとお蘭ちゃんコンビも素敵でした!遡行軍襲撃本番に仮の主以外気付かない見事な作戦と未来の岩倉くんとお蘭ちゃんの交流まで素晴らしいお話を読ませていただきました。

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