その頃、南海先生は。/手鞠 - 4/9

「なぁ朝尊、どこにその敵さんたちはおるん?」
「さぁ、それは僕にもわからない」
「え、わからんと歩いとったん?」
とりあえずこの時代の京都の街並みを知っておきたいという朝尊の申し出で寮を出た二人(一人と一振)は、大学構内をぶらぶらと宛てもなく歩いていた。

「あれはなんだい?」
朝尊が指さしたのは、石垣に立てかけられた大小さまざまな看板と、大学の中央に立つ立派なクスノキと、その前にベニヤ板と発泡スチロールで作られた胸像。
「アレ?あの立看板はサークル…あぁ、同好の志士を集めるために自由に作れる触書みたいなもんだな。あの胸像は、あー、まぁうちの大学の伝統文化みたいなもん」
「ほぅ、同好の志士に伝統文化!興味深い、一つか二つ、立ち寄っても良いだろうか、史実研究会とやらは興味深いが、粋な物理学研究も捨てがたい…おや、奇術師研究会なんていうのもあるのか、鶴丸くんが興味を持ちそうだ。これは、雪だるまづくりの匠養成でもするのかい?」
「おーーい帰ってこーーーい」
立看板をしげしげと眺めては目を輝かせる朝尊の姿に、岩倉は苦笑いしながらも自分が新入生の頃を思い出す。
(何百年生きていろいろ見てきた刀の神様でも、こんなに新入生みたいに目ぇ輝かせるんやな……俺の方が、枯れとる)
「岩倉くん、このえぬ、えふ、というのはなんだい?」
朝尊の呼びかけに我に返り、そばに寄る。
「あぁ、それ、うちの学祭」
「ほう。この大学では、祭もするのかね?」
「ん、ああ、まだ先やけどな。十一月の後半くらいに。どこの学校も今時やってる…って、朝尊の知ってる時代では有り得ないか」
「そうだね、村での神事や風習としての祭は様々あったが、しかし、学び舎でこれほど大規模な祭りを自治するだけの生活と金銭のゆとりがあるということだね。人間が生きるには、本当に良い時代だ」
「ま、人生を怠惰に浪費してる、とも言うけどな」
岩倉は自嘲気味に笑う。二回目の留年の時には、さすがに親からの視線が痛かった。

「そうだろうか」
しかしそれに対し、少し低くなった声が、岩倉の耳に届く。
「……え?」
「たしかに、早くに地位を得た者、肉体労働で金銭を稼ぐ者などの一部からは、部屋に籠り興味の赴くままに学んでいる様子は時間の浪費と見えてしまうことがしばしばあるのは確かだ。しかしね、それが浪費かどうかは、その人間が価値を決めることではないのかね。」
その言葉に、岩倉は目を伏せた。
(そうだろうか。ただ慰めの言葉をくれているだけ……あぁ、いや、朝尊は刀だ。刀らしく、単刀直入で、切れ味が鋭いんやから…)
きっと朝尊は、なんの忖度もなく彼の認識のままに話しているだけだろう。そうだと分かっていても、自分の存在を他者に(相手は刀だけど)認めてもらえたような、認識してもらえたような気がして、岩倉は心がむずがゆくなる。
「朝尊は、やっぱりこの大学、似合うよ」
周りが何と思おうとも、変人と言われても、我関せず、自分の知識欲の赴くままに、自分の信念を貫き通す。それが世の中に認められる成果と実績に繋がるのはわずか一握り。それでも、彼らの研究は、知識欲は、静かに根を張り、次の世代に繋がり、それがいつか誰かの興味を満たし、もしくは掻き立てる。そうやってこの大学は長年、良くも悪くも、奇人変人が集い、大多数の人間が考えもつかない方法で新しい物事を生み出してきた。
(俺なんて、些末な人間。わずか一握りになりたいなんて権力欲はないけど、でも、自分の好きなことを続けられて、それが何か形になって、運よく誰かに届けば、誰かの助けや楽しみになれば、俺はそれでいいんだ)
「なんとなく、僕もそう感じているよ。この出陣が終わったら、四年ほど休暇をもらってここで学ぶのも、悪くない」
「え、そんな会社の有給みたいな制度、あり?」
「どうだろう?週末は本丸に帰るようにすれば、陸奥守くんも肥前くんも、許してくれないかな」
「その人、あぁいや、刀剣男士たちも許してくれへんと思うよ。朝尊、絶対読書や研究に没頭して、日付感覚なくすタイプでしょ」
「…失礼な。君も同じじゃないか」
「同じ穴の貉やなぁ」
岩倉は始めた会った時よりも、少しだけ嬉しそうに、へらりと笑った。

件のコメント

匿名

クレバーで生き生きした先生と岩倉くんコンビも不動くんとお蘭ちゃんコンビも素敵でした!遡行軍襲撃本番に仮の主以外気付かない見事な作戦と未来の岩倉くんとお蘭ちゃんの交流まで素晴らしいお話を読ませていただきました。

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