彼は、岩倉友高と、いうらしい。
この大学の学生の六回生だという。しかし大学とは四年制…まぁつまり、この時代で言うところの、二留である。
「いや、超一流やから」
……それが、ここの流儀のようだ。
「読みたい本がここにあったら、夜通し読むやん?思いついた研究があったら、忘れんうちに書き留めておきたいやん?そないしてたら、朝がくるやん。で、読み終わって気持ちよぉ寝るやん。で、テストが終わっとるやん。そぉゆー訳。本気で卒業しよう思えば、いつでもできんねんけどなぁ」
岩倉は、そう言ってへにゃりと笑った。
身体は細く、鶴丸国永を思わせるほど。人の身でその細さでは、体力面はあまり期待できないだろう。
身長は、肥前くんよりすこし高いくらいだろうか。
黒く長い前髪と、ざんばらに斬られた首元までかかる髪。整えれば、僕と同じくらいの長さだろうか。毛先は内に外にと跳ねているのを気に止める様子はない。前髪がやや長く目元を隠すため、陰気な印象はぬぐえないが、発言からはやや怠惰な印象は受けるものの、陰気さはそれほど感じられない。
部屋には小さな机があるが、そこは山のように積まれた本と菓子の袋が占有しており、畳に広げた紙に覆いかぶさるようにして、文字や絵図を書くようだ。書きかけの紙の切れ端やノート、乱雑に折りたたまれた紙などが床に散らばっている。うむ、いつかに聞いた北斎の家のようだが、しかし彼にそのような才があるかと言われれば……。
ん、いや、これは……
「で、あんた、誰なん?」
「僕かい?僕は、南海太郎朝尊」
「え、ミドルネームあんの?しかも日本名。珍しいなぁ」
「みど…あぁ、異国の名前の風習のことだったかな。いや、残念だが違うよ。」
「じゃあどっかの宗派の坊さん?それとも旧家の方?」
「いいや、僕は刀剣男士だ」
床に広げたままの紙の端に、自分の名前と『刀剣男士』の文字を書く。
「へぇ、刀剣男士か。なるほどねぇ。とうけん、ん?だん、し……?」
「あぁ。この時代の歴史を守るためにやってきたのだよ」
事実を言ったまでだが、岩倉は南海太郎朝尊の目の前で固まってしまった。
「どうかしたのかい?」
「……これは、幻覚か?白昼夢か?」
「君はちゃんと起きている。夢ではない、現実だよ」
そう伝えれば、彼は頭を抱えた。
「待って待って、数年前から流行っとる草食系男子とかの亜種やなくて?俺、そういう流行とかには疎いんやけど…」
「草食系、菜食主義者のことかね?」
「うーん、知らないかぁ」
天を仰いで息を吐いてから、草食系男子について岩倉が簡潔に説明すると、南海太郎朝尊は顎に指を添えた。
「ふむ……子孫繁栄とは逆行する概念ではあるが、この平成時代は僕が打たれた時代と比べると、死ぬ機会が少ないからこその考え方なのかもしれない。」
南海太郎朝尊が思考の海に沈んでいこうとするところを、岩倉が質問で留めた。
「で、刀剣男士って何なん?」
「あぁ、話が逸れてしまったね。刀剣男士とは、まぁ、刀の付喪神、とでも言うのがわかりやすいだろうか」
「刀の、付喪神……」
「歴史修正主義者が歴史改変のため、各時代へ送り込む時間遡行軍と戦うため、我々はここに来た、というわけさ」
「歴史を修正、この時代に来た……」
「まぁ、この時代の人間がすぐに受け入れられないのも無理はないと思うが…」
南海太郎朝尊は、わからなくても気にしないし問題もない、といったように次の話に移ろうとしたがしかし、目の前の人間は何やらぶつぶつと呟き始めた。
「へぇ……なるほど。歴史改変を目論む歴史修正主義者によって、過去への攻撃が起こっている。過去が改変されれば、あんたたち刀剣男士が生まれる世界線自体が生まれない可能性がある。それを阻止し歴史が歴史のままに歩むように正す時空警察が刀剣男士。そうやんな、少なくとも日本国内に限った話なら、古墳時代から現代まで存在して、尚且つ江戸時代まで武器として活躍してきた刀剣は戦いに適任って訳か。刀や剣なら神や仏とも縁が深いし。けど、ってことは歴史を改変しようと考える歴史修正主義者と呼ばれるだけのある一定数の無茶苦茶な人間―人間かは知らんけど―そういう存在がおって、実際にそれが実行できるだけの技術が整っとるし、おまけにそれに対抗して付喪神をこれほど具現化できる技術も整っとる。人型模型を媒体に、っていうロボットよりは、iPS細胞みたいに、細胞から人間の構造を自由な形に完全再現してる感じかな。物の記憶や宿る思いなんて曖昧で人間の押しつけみたいな存在を性格として宿らせるってのは、なんというか、古からの日本人の擬人化好きを思わせるけど。それにしても、今を『平成時代』って言うからには相当先の未来の話やと思っとったけど、容姿の美醜の価値観ってのは大して今と変わらないんやなぁ、割と数百年先ってところか。それにしてもやっぱ未来はすごいな、シュ○ゲよりはド○えもんに近いな、2123年……あと111年でド○えもんの世界やもんな、そう遠い未来やないってことか」
岩倉は目を輝かせながらペタペタと確認するように南海太郎朝尊の身体やら刀の拵やら衣類やらを触り、息を吸うのも惜しいというほどに継ぎ目なく言葉を溢れさせた。
それに対して、南海太郎朝尊は自分を触る岩倉を見下ろしながら、目を見開いていた。
(付喪神が信じられにくくなった、この平成時代において、これほどすんなりとその事実を受け入れている…その上、僕が出したわずかな情報から、ここまで正確に分析ができるとは…)
「さすがに、『超一流』というだけはある」
「・・・・・・それ、褒めとる?」
「あぁ、あぁ!僕は良き仮の主に選ばれたようだ」
実に興味深いよ、と南海太郎朝尊も目を輝かせた。
「あぁいや、悪い。俺、こう興味があるとつい熱くなって周り見えなくて…キモイやろ」
「いいや、君は理解が早くて助かる」
さっきまでの勢いが急にしぼんでしまった岩倉を見て、その姿はつまらないなと思いながら、南海太郎朝尊は続けた。
「そういえば、僕も同じようなことを、肥前くんに言われるよ」
「肥前くん?他にも刀剣男士がいるんか。で、あんたは単独行動、いや、そうせざるを得ない状況ってとこ?それで俺に、なにか用があるから来たんよな?」
「本当に、話が早くて助かるよ。君に、僕の仮の主になってほしい」
「仮の主?ということは本当の主がおるんやろ。刀がホイホイ、違う主の手に握られるって、どうなん」
「それも刀…刀剣男士によるだろうね。僕は主の役に立つのなら、この状況を打開できるのであれば、そこには特に、こだわらない」
「ふぅん…主のこと、気に入っとるんやな」
「まぁ、それなりにこの人の身を楽しませてもらっているからね。
それに、こうして君にも会えた」
「なっ…!」
心底嬉しそうな笑顔を見せた南海太郎朝尊に対して、さっきまで無遠慮に南海太郎朝尊を触りまくっていた岩倉は、大きく飛び退いた。
「おや、どうしたのかね」
「……あんた、『たらし』とか、言われたこと、ない?」
『刀剣たらしじゃのぉ!』
文久土佐での、陸奥守くんの声が耳に甦る。
「いや、僕は刀剣たらしではなくて、刀剣『博士』だよ」
「あ、たらしって言われたことは、あるんやな……」
苦笑いした岩倉は、ちょっとだけ南海太郎朝尊と距離をとりながら座り直した。
「その仮の主って、具体的に何するん。俺にできる事?」
「あぁ。君が、僕の名を読んでくれさえすればいい」
「あんたの、名前……南海太郎、朝尊」
ぽつりと岩倉が名を読んだ途端、秋には不釣り合いな桜の花びらが部屋の中で巻き上がり、そして畳に降り積もる前に、ふわりと消えてしまった。
「神隠し、されるかと思た……」
「僕はそんなつまらないことはしないよ」
「え、つまらないことなん?というか、つまらなくなければ、できるんか……」
「まぁ実際にやったことはないから、成功率が如何程かは知らないがね。だが、僕はしないよ。君がこれから何を見て、何を感じて、そしてどんな学者になるのか。それがどのような未来に繋がっていくのか。それは人の世の中でしか、生み出されないものだ」
「そ、っか。あんたがなんかここに馴染む感じがするけど、そういうところやんな。探せば絶対うちの大学に同じようなヤツがおりそうや」
「そうなのかい、ぜひ会いたいものだね」
「それにしても、長い名前やな。」
「長いなら、朝尊と、呼びたまえ」
「うーん確かに『南海さん』も堅苦しいしなぁ。太郎さんって感じやないし。しゃーない、博士にしとこか」
「……ここまで来て、君も『博士』と呼ぶのかい」
少し眉をしかめた朝尊に対して、岩倉は人間味のある目の前の刀の神様に苦笑した。
「さっき『刀剣博士』って言ったのは自分やのに……。わかったわかった、『ちょーそん』って人前じゃ目立つから、二人の時は朝尊、人の多いところは『博士』にしとこ。博士やったら現代でも十分、特にこの大学内なら違和感なさすぎるしな」
「ふむ、そういうことなら……」
そうして、二人は握手を交わし、仮の主の契約は結ばれたのだった。
クレバーで生き生きした先生と岩倉くんコンビも不動くんとお蘭ちゃんコンビも素敵でした!遡行軍襲撃本番に仮の主以外気付かない見事な作戦と未来の岩倉くんとお蘭ちゃんの交流まで素晴らしいお話を読ませていただきました。