とある田舎町。
少女は今日も塾で宿題と少しの自習を終えてきた。
彼女は、成績があまりよくなく、宿題も慌ててやる始末。
見かねた両親により、高校の授業を終えたあとに、知り合いが運営している学習塾へ通うことになったのだ。
幸いにも自習型の学習塾であったため、塾の教材のみでなく学校の宿題も見てくれる。
彼女は宿題をここに持ち込むことが多かった。
夏の盛りも過ぎ、昼と夜の寒暖差が少しずつ大きくなってきている頃
彼女が体験した、誰も覚えていないお話。
彼女の通う塾は、田舎の中でも人通りが多い道にあった。
家の周りに比べると、賑やかさも明るさも段違いのその道は、高校生の少女が自転車で走っていても暗さに怯えることはない。
しかし、その日は通い慣れているはずの道が、いつもより寂しく、暗く感じられた。
「やっぱり夜は寒いなぁ……なんか暗いし、早く帰ろう。」
そう呟いた少女は、愛用の自転車にまたがり、なるべく明るい道を選んで颯爽と自転車を走らせる。
いつもと微妙に異なる空気。いつもより暗く寂しい道路。
早く帰らないと嫌なことが起こるかもしれない。そんな不安を抱えながら、必死に、必死に自転車をこぎ進めていた。
そして、最後の交差点に差し掛かる頃。
目の前に雷が落ちたような衝撃が走った。
あまりのことに少女は自転車を止め、目の前を凝視した。
あまり視力がよくないので、いつもコンタクトレンズを使っている彼女。しかしその日は、朝寝坊をしてしまい眼鏡で過ごしていた。
先ほどの衝撃で眼鏡がずれてしまったのか、気がついたときには目の前に黒いもやをまとった何者かが大挙していた。
「……ひぃっ!」
彼女が気がついたときには、黒いもやをまとった者が目の前にいて、刃物を自分に向けた。
ずれた眼鏡を直すことも忘れ、眼鏡が地面に落ちる。
自転車が倒れ、鞄が飛び出し、彼女は倒れ込んだまま動けない。
黒いものが刃を自分に振り下ろす。
殺される…彼女がそう思って目を閉じてしまった、その時。
季節外れの桜吹雪。
気がついたら、黒い影は霧散していた。
そして目の前には、まるで暗殺者のような身なりの男性。
「ひいっ!」
「おい、無事か。」
「え、はい…」
彼女の返答に満足したのか、彼は小さく息をはくと刀を納めた。
彼女は呆けたままその姿を見守る事しかできなかった。
「ほら、これお前のだろう。」
そう言って彼が差し出したのは落ちていた眼鏡だった。
ありがとう、そう小さく答えて彼女は眼鏡を受けとる。
「あれ…見える?」
彼女は驚きに満ちた顔で彼を見つめた。
「つまり、そのじかんそこーぐん、ってやつがさっきの黒いやつらで、そいつらは歴史を変えようとしていて、肥前君?はそれを阻止するためにここに来たってことなんだね。」
「ああそうだ。あとまどろっこしいから肥前でいい。」
そういった肥前は肉まんにかぶりついた。
少女は、話を聞くため道中にあるコンビニに立ち寄った。
店内で飲み物を買おうとしたら、肥前が物欲しそうな目で肉まんのケースを覗いていたのである。
見かねた少女は、自分の飲み物と肉まんを購入した。
少女は広い駐車場の隅で、自転車を背に肥前から詳しい話を聞いていた。
彼の名前は『肥前忠広』というらしい。
刀剣男士、という存在で、未来よりこの時代を守るために来たのだという。
そして、この時代は活動に制限がかかるということも教えてもらった。
「つまり、私が肥前と契約すれば、肥前は動きやすくなるってことだよね。」
そういった彼女は、助けてくれたお礼だ、といって、肥前の仮の主になることをすんなりと了承したのだった。
「おい、お前何でそんなにすんなりしてるんだよ。怪しいと思わねえのか」
「じゃあ、肥前は何で私を守ってくれたの?」
「それは…」
「一緒だよ。少なくとも肥前は悪いことするような人に見えなかったから。あ、人じゃなくて刀か!」
そう言ってケラケラと笑う彼女からは、邪気は全く感じられない。
分かりやすく戸惑った顔をした肥前を一瞥した彼女は言葉を続けた。
「私ね。裸眼だと見たくないものが見えちゃうの。不気味なのとかオバケとか。でも、眼鏡とかコンタクトとかすると見えなくてね。親の遺伝もあって、小さい頃から目が悪くて、物心ついた頃から眼鏡してたから、実はそんなに見たことないんだあ。
肥前は、眼鏡をしてもちゃんと見えてるから。だから、肥前はそういうやつじゃないと思った。それだけだよ。」
理由を聞いた肥前は、照れ臭そうにそうかよ、と小さく呟いて肉まんの最後の一口を口にいれた。
それを見た少女もまた、小さく笑って早く家に帰ろう!と声をかけた。
そして自転車を押そうとハンドルに手をかける。
「あ、お父さんとお母さんにどう言い訳しよう!」
結局、彼女の家族には国から説明が入っていた。
そして、彼女の体質は両親譲りだったことも判明した。
彼女の両親は、肥前に娘のことをくれぐれも頼む、と頭を下げたという。
(あいつは、いい家族のもと育ってきたんだろう。この町もあいつの存在を見守っているようだ。…消させるわけには、いかねえってか。)
安心した顔で眠る彼女をみて、そんなことを思った肥前。与えられた部屋へは戻らず、そのまま彼女の部屋を守るように扉を背に体を休めるのであった。
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